1 イスラムの国

カタール(ドーハ)

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10月15日から中近東のカタール、ヨルダン、シリアの3カ国の旅に出た。5泊8日の「クラブツーリズム」という旅行社のツアーである。
・・・・パレスチナ問題に代表される数々の困難な状況もあったりして、中東は大変物騒な場所で、これらの国はテロリスト国家であるというような偏った認識をしている人が多いことは事実である。しかし、この土地の人々は何も好戦的な国民性を持っているわけではなく、常に自分たちが誤解を受けていることに怒りを感じ続けている(「地球の歩き方」から引用)・・・・

と言う事で、いつもの一人で放浪!するには少し気が引けたのでツアーに参加して、実際のこれらの国の様子を見に行くことにした。ツアー料金239,800円、添乗員さんに付いていけば移動・食事・寝場所!全部お任せで、5月の韓国・東南アジア20日間の一人旅に比べれば実に気楽な旅である。
そして、関西国際空港からドーハまで約11時間、南米に行くことを考えればほんの庭先である。




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f0032712_9452495.jpg初めてのアラブの国、街並み、人々の服装など珍しい光景にわくわくする。先日の奄美での大雨!5時間で年間雨量の4/1から1/5の雨量になる500ミリ程が降ったが、この国の年間雨量は70ミリ位だとのこと^^そして今年は、気温が60度に達した日が2日間あったそうである。
朝6時に着いたがヨルダンのアンマンへの出発は午後4時なのでドーハの市内観光がはじまった。ドーハの悲劇で有名なアル・アハリ・スタジアムを見た後、ラクダ市場に行った。食用、運搬用、ラクダレース等に使われるラクダがここで競りが行われる。この後、競馬、競技馬等の訓練場を見に行った。職員のおじさんと記念写真を撮ったが携帯電話が忙しいようである。



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f0032712_10111663.jpg昔からあるスーク(市場)に行った。人々の服装、売っているものなど見るものすべてが珍しい!
トップの写真は、スークから見た新市街地である。インフラが整備され高層ビルが立ち並び、美しいペルシャ湾沿いではホテルや観光施設の整備がすすめられている。








f0032712_10204467.jpgf0032712_10214392.jpgイスラム教の女性の姿は、かなりユニークである。宗派か信心の深さか知らないが目だけ見える人、顔以外は全身黒装束の人、若い女性ではきれいなスカーフで頭を覆っている人などいろいろいて、見ていて飽きがこない016.gif
このような姿は男性を興奮させないためらしいがイスラムの男性は血の気が多いのだろうか?
イスラム教では、酒は飲まないが奥さんは4人まで持てるから矢張り?

スーク内には鷹狩りを趣味とする人のための鷹市場もあり日本では見かけない不思議な光景である。



ヨルダン(ペトラ遺跡、マダバ)

f0032712_1026366.jpgドーハから3時間弱でヨルダンのアンマンに着いたがアンマン市内見物は無である。国内には幾つも世界遺産などがあるから取るに足りないということだろうか? 宿泊するペトラまで280KMをバスで3時間余りかけて走った。砂漠の道(DESERT HIGHWAY)である。夜8時頃ホテルに着いたが強行軍だった。
ペトラは、2000年以上も前からアラビア半島からやって来た遊牧民のナバタイ人やベドウインによって栄えた中継都市である。隊商がインドからアラビア半島を横断して地中海に至るルートである。
この遺跡は、砂岩をくり抜いて造られたもので到達するには大きな岩盤の隙間を通り抜けていかなければならない。遺跡はとても広いので1日では全ては見られないそうである。
シークという狭い岩の裂け目を30分程歩くと、突然、視界が開けエル・ハズネと呼ばれる宝物殿が現れる。








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エル・ハズネは崖を削り、掘りぬいた神殿風正面を持つ霊廟で、幅30M,高さ43M。紀元前1世紀から後2世紀のもので、映画「インディ・ジョーンズ/最後の聖戦」の舞台となったところである。

















f0032712_10464792.jpgエル・ハズネを過ぎて行くとローマ円形劇場が見えてくる。
その向かい側には、岩をくり抜いた建物が多く見られる。印象的なのは王家の墓と呼ばれる岩窟墓群で、4つ並んでいる。この墓はビザンチン時代には教会として使われていたという。
最大のものは、一番北側にある宮殿の墓でコリント式の柱を使っている。

ここは、とにかく広い! 歩き疲れてくる。ラクダ、ロバに乗らないかと客引きがしつこく声をかけてくる。
昼食後、2時間かけて一人で歩いて遺跡入口に戻った。添乗員さんはこの日、万歩計で2万歩を超えたそうである。









f0032712_10523174.jpgシークの中で一休みしたら、おじさんから日本語で「日本人ですか?韓国人ですか?」と声をかけられた。
「日本人です」と答えたら、いきなり「鹿児島ですね?私は桜島に住んでいます」と言われた。
こんなところで、こんな出会いがあるものだろうか?
それにしても、たった一言の日本語が鹿児島弁のイントネーションになっているとは!愕然とした!
次回から「ハングイン イムニダ」と答えることにしよう^^
30分程お喋りをした。今、65歳で仕事は防衛施設庁で土木技術者をしていたそうでそうである。私は、県庁で建築技術者をしていたと話たら共通の知人がいてびっくりした。
今回の旅行は、6か月の予定で今日が丁度100日目だと言っていた。元気な人がいるものである。
私など足元にも及ばない。世界放浪・自由人などおこがましい^^
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今日、11月10日。おじさんからメールがあった。「昨日、カイロからドーハに来ました。シンガポール航空で20,000円でした。」元気で何よりである。





f0032712_110522.jpgf0032712_1102855.jpgペトラに2泊し、3日目は死海に向けてバスは走った。途中にモザイク画の町と言われるマダバという町を通る。ここにはギリシャ正教の聖ジョージ教会があり、床にパレスチナの地図がモザイク画によって描かれていることで有名である。ヨルダンや死海、イスラエルなどが色鮮やかに描かれており、6世紀のビザンチン時代に造られたものである。(ヨルダン川を下って来た魚が死海の直前で慌てて後戻りする姿が描かれているそうである^^)
マダバの町は結構、賑やかで選挙のポスターがいたるところに張られている。







f0032712_1174019.jpgf0032712_1183528.jpgマダバの町から死海に行く途中ネボ山を通る。
モーゼ終焉の地として有名な山。旧約聖書ではモーゼがエジプト王の迫害から逃れ、率いてきた民にネボ山にて、「あれが約束の地カナンだ」と」告げ、パレスチナに行くように促し、ここで息を引き取ったとされているとのこと。
大昔、モーゼの「十戒」という映画を見たのは覚えているが内容は覚えていない。
視界が悪くエリコ(エルサレム)は見えないが死海は見える^^







ヨルダン(死海)

f0032712_11261124.jpgf0032712_11262880.jpg死海のホテルに着いた! ワーオ! 久しぶりの豪華ホテルである。(貧乏旅行専門の私にとっては)
死海に降りる浜に下るにつれプールが幾つもあるではないか!
・・・・浮遊体験の後、部屋に戻る途中、一つのプールで泳いだ。ナント辛うじて首が水面に出る深さだった^^(外国人選手が泳ぐ日本の国際競技のプール等この深さかなと思った)・・・・
閑話休題
この旅行! 一人部屋追加料金35,000円を払わない相部屋で申し込んだ。(イビキや性格が合わない人との同室のリスクを覚悟で)結果、相手がキャンセルした為ずっと一人部屋での旅行だった。ラッキー^^





f0032712_11293069.jpgf0032712_11294998.jpg死海!地球上でもっとも低い海抜マイナス410メートルにある。
プラスの方は、学生時代に日本アルプスの穂高岳等3,000メートル以上を経験しているが、マイナスは海岸のせいぜい1,5メートルである。
世界の海の塩分濃度は3~4%程度であるがここは30%オーダーである。体が浮くのは当然!足の先が水面の上にでる。(沈むのはお尻部分だけ)
体の傷にはテープを張ること!目に海水を入れないこと等の注意があった。(海ではなく淡路島くらいの広さの湖である)
いわゆる普通の海水浴場のように泳ぐ所では無い。あくまで浮遊体験である。
素肌、皮膚病にも効果があるミネラル分多く含むとの事であるが、この塩分濃度なら水虫など一発完治では!(来年の夏前が楽しみである)
海水から上がり肌を触るとヌルヌルする。大昔のピチピチギャルの皆さまは肌に泥を塗り、さらに肌を美しくと頑張っていらっしゃる。
^^決して、微笑ましい光景では無い^^




ヨルダン(ジェラッシュ)、シリア(ボスラ)

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死海を朝7時半に出発しシリアの宿泊地パルミラに向かう。途中ヨルダンのジェラッシュ遺跡に立ち寄る。
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閑話休題
今、このブログの記事を書いているが、窓の手すりにイソヒヨドリが止まっている。直線距離で1,2Mだが向こうは室内のこちらに気づいていない。後ろではシジュウカラが3羽ジュクジュクと鳴いている。覗いたらシロハラが土手のピラカンサスの実を食べていた。先程はジョウビタキが食べていた。今年の冬は鳥が多いようである。
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ジェラッシュは、ローマ人がアラブに造ったローマ都市のなかでも最も華麗、かつ壮大な遺跡である。ローマ皇帝ハドリアヌスが129年に訪れたのを記念して造られた凱旋門をくぐり中に入った。修復作業の職人さんが食事をしていたので声をかけたら「朝食だ」と答えてくれた。10時の休憩にしては早いなと思った。
ここでハプニング! デジカメのバッテリーが切れてしまった。円形広場、アルテミス神殿、列柱通り・大聖堂などの壮大な光景を写真に収められない! 予備のカメラはバスの中に置いて来た!残念




f0032712_1143435.jpgf0032712_11432111.jpgヨルダンとの国境を越えてシリアに入りすぐのところにボスラ遺跡がある。
世界で最も完全な姿で残る巨大なローマ劇場として有名である。黒玄武岩で建造されており幅が102M,客席が37段もある巨大なローマ時代の円形劇場で、高所恐怖症の私は足がすくむので登らない。











f0032712_11451998.jpgローマ統治下の州都であったり、ヨルダンへ続くトラヤヌス街道の起点だったりした巨大なメトロポリタンへと発展した町である。劇場の背後には、当時の遺跡が残り、玄武岩で構成されているので華やかさは無いが堅牢、剛健な姿である。














f0032712_11472457.jpgヨルダンのガイドさんも当然、イスラム教徒であるが奥さんは一人で子供は二人だと言っていた。そして、奥さんは、一人で十分だと言っていた。
この写真のシリアのガイドさん!なんとイスラム教で認められている最大人数の4人の奥さんがいるそうである。財力、体力はともかく相当タフな精神力でなければ持てない。それともイスラムの女性は我が家と違い?皆、おとなしくて優くて男性に従順なのだろうか(ハーレム)^^
因みに、子供は10人いるとのことだった。
アー! 彼の体重を聞くのを忘れた! 写真での見かけ^^私の体重の3倍はあるだろう。(昔の職場に0,1トン級(体重100数KG)の人はいた。














シリア(パルミラ、 クラック・デ・シュバリエ)

f0032712_12145486.jpgf0032712_12152345.jpgボスラを発ち、シリア砂漠を4時間位走り、宿泊するパルミラに夜8時半に着いた。砂漠のオアシスと言うのは聞いたことがあるが途中の小さな休憩所で風車で井戸の水を汲むのを見たのは感動だった。離れた所から発電の原動機のエンジン音が聞こえる。空は十五夜の満月である!  ♪ 月の砂漠をはーるばると ♪
朝、ホテルの周辺を散歩した。アラビア文字は右から左へ書くと言うのは知っていたが、バイクのナンバーも同じだった。しかし、普通には左から右へと書かれているようである。
バスが途中でパンクしたが複輪だから問題は直結しない。それより、道路わきのゴミは世界中旅行して珍しくもないが牛の死体が捨てられていたのにはビックリした(ビーフステーキになるのに)。その後、ラクダの死体も見たがもはや驚かなかった。




f0032712_16353374.jpgf0032712_16355581.jpg・・・ローマ時代に地中海とシリアの内陸部を中継する隊商都市として繁栄したパルミラ。現在のパルミラは緑濃いナツメヤシが多い普通の町だか繁栄当時の面影を今に残す神殿や列柱群の跡を見ることができる。
世界でも有数の巨大な規模を誇るこの遺跡は、ここに行かなければシリアに行ったことにならないと言える場所である。
アテネのパルテノン神殿付近やギザのピラミッド辺りの遺跡と比べてみるが話にならない。此処は凄い! ! ナンチュワナラン^^









f0032712_1638527.jpg歴史に造詣が無い私に表現させれば「砂漠の中に果てしなく遺跡が広がっている」と言う感じだろうか?
規模に圧倒され、円形劇場、ベル神殿、バールシャミン神殿と言われてもその違いはシロートには分からない。ローマ時代こんな所にこんな都市があったのかと驚く!














f0032712_16395989.jpgf0032712_16401861.jpgパルミラを発ちダマスカスに向かう途中、クラック・デ・シュバリエに立ち寄った。
1144年に移り住んだ聖ヨハネ騎士団が、標高650Mの丘の上に発つ城を要塞化したものである。外壁には7つの塔がたち、内部の建築物はゴシック様式でホールや礼拝堂を備え、長期の籠城にも耐えるように広大な食糧貯蔵庫も備えられていた









シリア(ダマスカス)

f0032712_16503324.jpgf0032712_1651061.jpg最後の宿泊地ダマスカスに着いた。ホテルには17階に回転展望レストランがあり、ここで夕食だった。360度回転したがダマスカスの町は暗い! 城山からの鹿児島市内の方がはるかに明るい。

翌日、市内観光で国立博物館に行ったら学生のグループがいた。全員!ひとり残らず美人ではないか?これには驚いた。 アジアではこうはいかない!ブスだっているしその方が良い。
ウマイヤド・モスクの入り口でみたおば様たちのグループ!これには驚いた。皆さん同じような顔でおっかない顔をしている。近隣の国からの観光客だそうである。彼女達にも美しいピチピチギャルの時代があったのだろうかと思うほどである?




f0032712_16543399.jpgf0032712_1655478.jpg市場を覗くのはリラックスできて楽しい! 人々の生活が感じられる。 それに珍しいものにも出会える。
きれいな飾り物を見つけた。どんな人が、どんな所に飾るのだろうか?生きているうちに是非!見てみたい^^









f0032712_16564988.jpgf0032712_16571177.jpg西暦715年、ウマイヤ朝に建てられたウマイヤド・モスク(「旨い宿」と変換する^^)。
イスラム教のモスクであるが、379年ころ建てられたキリスト教の洗礼者聖ヨハネの教会を改築して建てられたことから、モスク内部にはヨハネの首が収められている神殿もある。ヨーロッパでは時代の変遷により、このように教会が変わるのは珍しくない。
サラディン廟やアゼム宮殿を備えどうどうとそびえ立つモスクの様は壮観である。
このモスクに入る時、普通の服装の女性は必ず写真のようなガウンを着なければならない。イスラムでは女性は肌を見せないからであろう。
ここで気がついた! アニメのゲゲゲの鬼太郎に出てくるネズミ小僧の服装はここから来たのだと^^




f0032712_16591372.jpgf0032712_16593643.jpg(左)モスクはロの字の形になっており、とても広い。
(右)ロの字に面した建物の内部。お祈りを捧げているいる人も大勢いる。皆、同じ方向を向いている。そう!メッカの方である。

ネズミ小僧も沢山いる!









f0032712_1714563.jpg初めての中近東の旅が終わった。
ヨーロッパ等、他の地域と違うエキゾチックな楽しい旅だった。そしてイスラムをたっぷり感じた!
ダマスカスの空港では、ビールを飲めたがドーハの空港では飲めない。ホテルのレストランでは飲めるが昼食の町のレストランでは飲めないところが多い!

200CC入りの焼酎を6本持っていき、ホテルの部屋で1日1本のダレヤメをした。

ドーハの空港内ではモスクがあり、旅行客がお祈りをしているのを見た。

ダマスカスのホテルの夕食以外、1日3食全てバイキングだった!ついに、餌を自由に食べられる家畜の気分になった。

ペトラ遺跡で子供の物売りから買ったイスラムのかぶりもの!米10ドルを7ドルに値切ったが、払うときは10ドル払った。子供は、喜ぶよりビックリしていた。

今度の3カ国で53カ国を数えた。

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この旅行記の記事の6編の作成は、結構疲れた!
遺跡等の説明! もちろん資料から載せたものである。私の知識である筈がない^^










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by momodisk | 2007-05-03 14:00 | Comments(0)
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