ホームステイの度

井邑(チョンウップ)

f0032712_90687.jpg我が家には、よくホームステイの外国人が訪れる。3週続けて韓国から大学生が訪れたこともある。
ある年、国際交流員のオンヨン氏が彼の出身地である井邑(チョンウップ)の新聞社の主催で鹿児島との交流会を開いた。
その時、我が家では朴さんというキリスト教会の牧師さん家族4人を受け入れた。
自分も出来るだけ相手の家にホームステイに訪れるようにしている。今回は、韓国語を教わっているインソンの家にも行くことにした。







f0032712_922236.jpgf0032712_92413.jpg全羅北道は全州(チョンジュ)に友人がいたので、あちらこちら案内してもらっていたが、チョンウップは、行ったことが無かった。ソウルからセマウル号に乗っていった。
通訳に、鹿児島大学からチョンジュに留学しているケンタロー君に来てもらった。子供達のお土産には甚兵衛を持っていった。珍しいので喜んでくれた。
教会は、規模が大きく牧師さんはパワーポイントを使い説教をしていた。地下の食堂で信者の皆さんが歓迎会をしてくれた。




f0032712_942258.jpgf0032712_944666.jpg牧師さんからは、コチャンという城跡や有名なお寺などあちらこちら案内してもらった。











江陵(カンヌン)
チョンウップからソウルへの帰りは高速バスを使った。友人のジョンホ氏が出迎えてくれた。又、彼の家に泊まり奥さんの手作りのご馳走になった。ソウルでは、彼から民俗村や水原(スオン)の華城を案内してもらった。
f0032712_965318.jpgf0032712_971556.jpg江稜(カンヌン)は、ソウルから高速で3時間少しかかる。昨年、我が家にホームステイに来たイルジュがソウルに住んでいたので通訳に連れていった。インソンの家ではお母さんがサムゲタンを作って待っていてくれた。先日、我が家にホームステイに来たヨンジャも駆けつけてくれた。








f0032712_9115936.jpg韓国では、どんな田舎に行っても高層のアパートがあり人々はそこに住んでいる。戸建て住宅は好まれないようである。
インソンの家は、伝統的な韓国の木造住宅の造りであった。矢張り自分には珍しい。冬は雪が1メートルは積もる寒いところでオンドルがあったが燃料は石油である。
勿論、庭にはキムチの壷がある。








f0032712_9142492.jpgf0032712_9144536.jpgカンヌンは、日本海に面した町である。東海岸からの日の出は美しいことで有名である。鏡浦湖(キョンポ)もありとてもきれいな所である。インソンのお父さんから鳥竹軒(オジュッコン)、船橋荘(ソンギョジャン)、市立博物館、キョンポデ等を案内してもらった。お父さんは真面目な方で実に良く説明してくれる。通訳のイルジュは、大変だった。







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風光明媚なリゾート地で有名な湖の畔にはホテルや海鮮料理のレストランが立ち並んでいる。お父さんはホテルで働いており、お母さんはシーズン中はレストランでアルバイトをしている。
そのレストランでご馳走になった。ヒラメの刺身、えび、イカ、なまこ、貝、沢山の料理が出てくる。
韓国では「テーブルの足が折れるくらい」という表現があるが正にこれである。








f0032712_9232637.jpgイルジュ達と3人で正東津(チョンドンジン)に行った。ここに統一公園があり、1996年9月、魚網に引っかかり航行不能になった北朝鮮の潜水艦が座礁しているのがこの場所で発見された。
上陸した北朝鮮兵と銃撃戦があったニュースを覚えていたのでビックリした。今は展示物となっている。船内に入り自分が閉所恐怖症であることが分かった。
夜、海岸に出かけたら夏祭りをしていた。ダンスのミニスカートの女性はセクシーである。
ソウルに帰る高速バスに乗るときビールを飲んだら尿意をもよおしてきた。運転手にバスを停めて貰い高速道路脇で用を足した。
以前、ブエノスアイレスからニューヨークに到着する直前、腹痛が我慢できなくなりトイレに駆け込み着陸したことを思い出した。
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by momodisk | 2007-06-20 08:57 | Comments(0)
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