バルト・・・ポ その4

アウシュビッツ
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昔から一度行ってみたいと思っていたアユシュビッツに来た。(写真は正面)
第2次大戦中、ナチスドイツ占領下の土地からはユダヤ人、ポーランド人、ロマ?、共産主義者、反ナチス活動家、同性愛者等が捕らえれ、各地に設けられた強制収容所へ送られた。
ある者は即座に殺され、ある者は過酷な労働に従事させられたのち殺された。
殺人工場とでもいうべきこの強制収容所が、クラクフの西54KMのところにある町オシフィエンチムの郊外にあった。ドイツ名は「アウシュビッツ」。ここで殺された人々の数は、28の民族、150万人と言われている。
現在は、博物館として公開されている。(「地球の歩き方」の本から)

ところで!ナチス ドイツは彼らから、どのような迫害を受けていて逆に反撃に及んだかはインターネット等で調べているが分からない!


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話は変わり、我が日本国(日本人政府)は、日、独、伊の三国同盟の第一次世界大戦の時,そして、第二次世界大戦ではるばる外国に出向き、何ケ国、何数民族を何百万人殺したのだろうかと思う(涙)、
・・・・・・・どこから、どんな迫害を受ければ、そして、それほどまでしたのだろうか?・・・・・・
単に、国益、侵略・・・・
(??東条英樹=??アドルフ ヒットラー??)

もちろん自国民も含めれば死人は何百万人だろう? プラス&マイナスを当時の人々は考えなかったのだろうか?

歴史とは?
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f0032712_1237540.jpgf0032712_1237556.jpg写真左(柵)

写真右(囚人棟)

収容所内には、28の「囚人棟」があり一時は2万8,000人が収容されていたこともあるという。











f0032712_12442447.jpgf0032712_1245832.jpg写真左(牢)

牢の後であるが現在は博物館の展示に使われている。
受刑者の顔写真が貼られている。一人ずつ正面顔、横顔の写真である。

写真右(銃殺刑場)

花が手向けられている








f0032712_12512853.jpgf0032712_125147100.jpg写真左(ガス室、焼却炉)

写真右(絞首刑場)

実にいろいろな殺し方がある










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ビルケナウ
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アウシュビッツ強制収容所から約2KMほど離れたところに、広大な敷地を閉めるビルケナウ。
面積は1.75平方KM,300棟以上のバラックが並びアウシュビッツよりもさらに大規模な強制収容所であり、一大殺人工場であった。1941年に建設が開始され、1945年(私が生まれる前年)にソ連軍によって解放されるまでに百数十万人の命が奪われたと言う。(地球の歩き方)


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f0032712_13113235.jpg敷地内には線路があり両側に収容所が立っている。アンネ フランクは左側の収容所にいたとの事である。













f0032712_1316039.jpgf0032712_13162043.jpg写真右(バラックの入口)
トイレに使われていた

写真左(バラックの内部)
ベッドが詰め込まれている











f0032712_13201183.jpgトイレ


ここまで見てくると気分が憂鬱になってくる。
そして考えさせる。
1、ユダヤ人とは、日本人と言うような国籍のことではないようだが、かと言って人種の事でもないようだがユダヤ人とは何か?
2、ユダヤ人とユダヤ教の関係は?
3、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教の違いは?
4、ナチスがユダヤ人やいろいろな人達をここで殺害した理由?

インターネットで調べてみるが良く分からない!



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by momodisk | 2014-11-29 12:21 | ヨーロッパ | Comments(0)
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