カテゴリ:ヨーロッパ( 8 )

アイルランド

f0032712_15231740.jpg韓国のユンミから電話があり「親子5人で日本旅行をする」と言ってきた。
マイレージの無料航空券があったので東京で会うことにした。これだけでは航空券が勿体ないので海外旅行を探してみた。日にちが合うのがアイルランド旅行だけだった。

10月3日、朝6時羽田空港集合。ユンミ達と新宿のホテルに泊まったのでは間に合わない。
蒲田駅東口R&Bホテルにした。駅を5時10分のバスに乗ったら5時30分には空港に着いた。

新宿では、東京都庁の最上階の展望所で見物をした。昔住んでいた中野も良く見えて懐かしかった。
ミウッ、ミヨン、ミナ 3人の子供たちが可愛い! 






f0032712_142297.jpg羽田からパリ経由でアイルランドのダブリンに着く。パリまで約12時間! パリでダブリン行きの飛行機の待ち時間がナント! 7時間待ち。旅行社クラブツーリズムの募集ではこんなことは知らされてなかった。怪しからん!

最初の宿泊地は、北アイルランドのベルファストである。パリ~ダブリンが約2時間。ダブリンからベルファストまでバスで2時間。ホテル着は深夜12時過ぎである。この日、旅行社は、夕食の手配はしない! 
ツアーが始まって機内食まで食べて乗り換えの途中なのに勝手に食べてこいと言うツアー計画である。呆れてものが言えない!
アイルランド共和国の北にある北アイルランドは、イギリス領であるのでユーロではなくポンドである。
沈没した豪華客船タイタニックはここで作られたものらしい。船のデザインを使った記念館の建物があった。






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f0032712_13481352.jpgベルファストからさらに北にあるジャイアンツコーズウエイに行った。途中、ブッシュミルズにあるアイリッシュウイスキーの工場に立ち寄ったがウイスキーを飲まない自分には関心がわかない^^
コーズウエイは、6角形の石柱群で知られる世界的にも十指に入る奇景として知られ世界遺産にも登録されているそうである。
岬の手前にダンルース城と言う古城が断崖に立っていた。






f0032712_1359432.jpgf0032712_13595840.jpg確かに6角形の石柱(柱状節理)は見応えがある。
恐竜が闊歩した中世期が終わり、哺乳類が勢力を広げ始めた新世代の初期に当たる約6,100万年前の地殻変動でできたものらしい。










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コーズウエイの近くにキャリック・ア・リード吊り橋があり渡ることになった。
高所恐怖症の自分にはありえない話である。遠くから眺めていた。


f0032712_1424471.jpgf0032712_14261943.jpg3日目、重層的な歴史に彩られる町アーマーの見物だった。物理的な人間で、歴史や宗教に興味のない自分には少し退屈である。
(左)聖パトリック大聖堂(アイルランド教会)、(右)聖パトリック大聖堂(カトリック)と来ても無関心! !









f0032712_14485839.jpgf0032712_1449149.jpgアイルランドは、緯度的には樺太になるがメキシコ方面からの偏西風であまり寒くないそうである。雪も珍しいそうである。
4日目、西海岸の方の見物である。
バレン高原は、洪積世に氷板で凝固や妖怪作用を起こした石灰岩で約2億6千万年前に起きた地殻変動で海底から押し上げられた丘陵である。
こんな光景は、初めて見た。丘陵と言えば緑に覆われた風景を連想するが岩だらけで木などは生えていない。巨人のテーブルという太古の民族の墓もあった。
どこか別の惑星のようでクロムウエルがこの地に侵攻したとき、「人を吊るす木もなく、溺れさせる水もなく、生き埋めにする土もない」と拷問の方法を考えるのに途方にくれたという。
確かにそうであろう!

f0032712_1510563.jpgf0032712_15101888.jpgモハーの断崖
8KMにわたる断崖絶壁!最も高いところで217M。霧に覆われていても大西洋の強風に吹かれていて、海水が水しぶきとなって降って雨のようになるそうである。
この日も風が強く地面を這いつくばるような格好で歩いた。














f0032712_15175737.jpgf0032712_1518983.jpg5日目、オプショナルツアーでグレンダーロッホに行ったが途中、聖パトリック大聖堂とトリニティカレッジに立ち寄った。
大聖堂は、アイルランドで最大の教会である。礼拝堂が青空に映えて綺麗だった。
トリニティカレッジは最古の名門大学で写真のロングルームは映画「スター・ウオーズ」のジェダイ図書館のモデルになったそうである。















f0032712_152958.jpgf0032712_15291952.jpgこのツアーで見た範囲では、アイルランドは丘陵地で牧場ばかりである。牛、馬、羊、ヤギしか見なかった。
畑も見なかった。
山がないから谷がない。谷が無いから川がない。^^
と思っていたらグレンダーロッホの見物があった。初期キリスト教会群の奥に辛うじて山があり川が流れていた。
日本で見慣れた風景に出会うと気持ちが落ち着く。

このツアーはきつかった! ホテルに帰り着くのは毎晩8時過ぎだった。
あの世からのお迎えが近づいたのかな?
「至れり尽くせり」という言葉があるが「至らない尽くさない」と言う言葉があるのかなと思ったぐらいである。
最後の日、個人で申し込んでいた「乗り降り自由の2階建てバスで行く!ダブリン市内観光ツアー」はパスしてホテルで昼前まで寝ていた。

添乗員の問題ではなく旅行計画に配慮が欠ける。







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by momodisk | 2015-10-13 15:27 | ヨーロッパ | Comments(1)

アウシュビッツ への関心

昔から、アウシュビッツやナチスドイツには関心はあったが調べたことは無かった。
今回、アウシュビッツに行ったことで再び関心が湧きインターネットで調べてみた。
ブログを読んでくれた韓国の娘 ヨンイもいろいろ教えてくれた。

1.ユダヤ人とは?
2.ユダヤ人とユダヤ教の関係は?
3.キリスト教、イスラム教、ユダヤ教の違いは
4.ナチスがユダヤ人やいろいろな人たちを殺した理由は?

以下、調べてみたけど良く理解できない部分も多い! 自分でも驚く!
エンジニアで論理的に物事を考える職病業のせいかな  ^^(感覚的な発想のお粗末^^)


■ユダヤ人とは誰か?
現在、一番確かなのは、ユダヤ人の子供がユダヤ人ということです。
それでは、ユダヤ人とは血縁集団かというと、必ずしもそうでもありません。誰でもユダヤ教に改宗することによって、ユダヤ人の一員になる道があるからです
ユダヤ人の国と言われるイスラエルでも、ユダヤ人の認知が、時には社会問題になります。非ユダヤ人の婦人がユダヤ教に改宗した場合も、イスラエルではいわゆる正統派ユダヤ教(オーソドックス)以外はユダヤ教と認められていませんから、保守派ないしは改革派のラビが認めた改宗ユダヤ教徒は、ユダヤ人ではないわけです

■「ユダヤ人=ユダヤ教徒」なのか?
この定義は、何世代も前ならば、あるいは適切だったかも知れません。しかし、現在ユダヤ人であってもユダヤ教を信奉しないと公言する人もいますし、無神論者だと平気で言う人もいます。

■ユダヤ人の定義
その人が何を信じるか、どんな行ないをするかということは、ユダヤ人の定義には無関係だということをまず再確認しておきます。ユダヤ人に共通しているのは、「ユダヤ人である」という意識をもつ点です。つまり自分がユダヤ的伝統の過去と結びついていることを意識していることです。「ユダヤ人であること(Jewishness)」は、それほど容易に説明できない概念であることを理解して下さい。
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●ナチス「が」ユダヤ人を迫害したのではなくナチス「も」ユダヤ人を迫害したのです。
ユダヤ人に対する迫害は千年以上昔からヨーロッパで行なわれてきたことです。
ドイツでも迫害はあったけれど、他の国より程度が軽かったので、ドイツにユダヤ人が増えました。
ヒトラーは、ドイツにおける国難は全てユダヤ人の陰謀だと考えていました。(現在でも、ユダヤ人が世界を裏で操っているとする『ユダヤ陰謀論』があります)
ユダヤ人には商人が多く、財を成していたからです。
第一次世界大戦の敗戦と世界恐慌で貧乏だったドイツ人にとって、凄く嫉ましかったわけです。
だから、そのユダヤ人を悪者にするとみんなの人気を集められたわけです。

まずナチスが政権をとる以前からユダヤ人迫害というのはヨーロッパに広く在りました。
列強が帝国主義化していく過程で資本家の地位が極端に上がり労働者層を奴隷のような条件で働かせるなど社会問題が多発する中で当時多くの資本家はユダヤ人出身だったため古くからの反ユダヤの思想と結びついてヨーロッパ各国で反ユダヤ政策が行われます。 
    
            

第一次大戦で敗戦したドイツも例外ではなく戦勝国から科せられた賠償などのおかげで経済はがたがたになり超インフレで紙幣が紙切れ同然になる中で民衆から起こった反ユダヤ思想をナチス党が政権運営に利用したのがそもそもの始まりです。

●ユダヤ教が最初にあって、旧約聖書(ヘブライ語聖書)が作られた。その旧約聖書をイエスキリストが新しくして、新約聖書としたのが、キリスト教だ。
さらに、ムハンマドがそこから作ったのがコーランなのだ
聖書(せいしょ)とは、キリスト教、ユダヤ教及びイスラム教の教典、正典。世界一発行されている本としてギネス・ワールド・レコーズに登録されている
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人種

●現代における「人種」とは、形質人類学や自然人類学などにおいて、身体の特徴を生物学的な相違に基づいて区分したヒトの集団のことで、汎地球的な分布をもつヒトの自然環境への地域的な適応形、つまり地理的に特異的な変種のことである

トマス・ハクスリーによる人種の地理的分布 (1870年)
1. BUSHMEN(ブッシュマン)
2. NEGROES(ネグロイド)
3. NEGRITOS(ネグリト)
4. MELANOCHROI(薄黒白色人種)
5. AUSTRALIOIDS(オーストラロイド)
6. XANTHOCHROI(黄白色人種)
7. POLYNESIANS(ポリネシアン)
8. MONGOLOIDS-A(モンゴロイドA)
8. MONGOLOIDS-B(モンゴロイドB)
8. MONGOLOIDS-C(モンゴロイドC)
9. ESQUIMAUX(エスキモー)
THE BARS INDICATE A MIXTURE OF THE RACES REPRESENTED BY THE RESPECTIVE
以上、インターネットで調べたもの

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以下                   
ヨンイが教えてくれたもの

ユダヤ教を知るためにはまず聖書を知る必要があります。
聖書は「旧約聖書」(33書)と「新約聖書」(33書)があります。旧と新を区分けするのはイエス・クリストの誕生前後で決まります。前だと旧約聖書、後だと新約聖書になります。
旧約聖書の第1書の「創世記」を読むとアブラハムという人類の祖先が登場しますが、神様はアブラハムを選び、妻のサラとの間で子供を授からせ、アブラハム自身を多くの民族の祖先にさせるという約束をします。

しかし彼の86歳になるまでサラとの間で子供を授からないので焦ってサラの助言によりハガルという奴隷を側室として迎い、イシュマエルという息子を授かります。

その後、神様の約束とおり100歳になって正室のサラとの間でイサクという息子を生まれます。
子供が生まれるや今まで子供を産めない身だとハガルからいじめられたサラはハガルとイシュマエルを野原に追い出します。
このイシュマエルがアラブ人の祖先であり、アブラハムとイサクがユダヤ人の祖先なのです。

・イスラム教:西暦570年イシュマエルの末裔であるマホメットが生まれ、40歳頃作ったのがイスラム教であります。
ユダヤ人とキリスト教徒がアブラハムの宗教を堕落させ経典としてもらった聖書を変質させたためマホメットを通じて天にある経典原本をもらいアブラハムの宗教を回復させるための宗教がイスラム教という主張です。

・ユダヤ教:アブラハム、イサクの子孫かならる民族の宗教で神様に選ばれた唯一の民族と思い、旧約聖書のみを信じ、神様の息子がこの世に生まれ、貪欲に満ちたこの世から自分たちを救いだしてくれると信じています。

・キリスト教:アブラハム、イサクの子孫で、神様の一人息子であるイエス・クリスト(ユダヤ人でもある)がこの世に生まれます。しかし同族のユダヤ人の計略に
より十字架にかけられ、死なれます。その後、死後3日目で復活し天に召され、いずれこの世の神様を信じる人を救いに再臨するというのがキリスト教です。

4.ナチスがユダヤ人を殺害した理由は?
  これにはいろいろな理由があるようですが、ウェブで検索したのをまとめれば、
  ①第一世界大戦で負けたドイチは地に落ちた民族的自尊心を回復させるためには何か

犠牲になる対象が必要でしたが、それがユダヤ人になってしまいました。その頃、ヨーロッパでは字の知らない人が多く、貧しい人が多かったのですが、ユダヤ人は子供   の頃から旧約聖書を教えられるため、数学や文学にも優れていてヨーロッパの経済の多くの部分をユダヤ人が掌握していたため、常に嫉妬の対象だったのです。その嫉妬をドイチの世界大戦の敗戦にあわせ、その嫉妬の矛先がユダヤ人に向けられてしまったということもあるようです。
②その頃のヨーロッパはほとんどキリスト教でした、しかし同じルーツだったユダヤ人はキリスト教に改宗せず、ユダヤ教を信じ続けたため、よい目では見られませんでした。
以上の理由などによりユダヤ人はヨーロッパ人にとって親しめない民族だったようでその感情を露にしたのはナチスだったのです。

以上、簡単にまとめましたが、実は宗教の話は紙面だけで言える話ではなく、もっともっと深いストリーがあります。



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「86歳まで子供が授からず100歳で授かった」?? 驚いた^^
このような話を自然に受け要られる人たちは、この宗教に入られるのだろうと思った。スゴイ!


この話! 宗教とは別の一般の話として、世界の世間では普通に通用する話だろうか?






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by momodisk | 2014-12-16 16:36 | ヨーロッパ | Comments(0)

バルト・・・ポ(その5)

クラクフ
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クラクフで3連泊である。
ここは、昔のポーランド王国の首都だったところである。
初日、アウシュビッツに行く前にヴィエリチカ岩塩採掘場に行った。炭鉱は行ったことがあるが坑道に入ったことは無いのに岩塩鉱で入るとは思いもしなかった。
待った!鍾乳洞はボストイナ等の深いところに入ったことはある^^

海水から塩を取るよりコストが安いのだろう。地下64メートルから325メートルに渡って複雑に入り組んだ採掘場の一部、約2,5KMが公開されている。




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採掘場の中は広い!
ナント! 教会まである。














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クラクフ
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11月18日クラクフの町の散策である。
バベル城、聖マリア教会、中央市場広場、織物会館等を見て回った。













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ワルシャワへ
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11月19日
クラクフからワルシャワへ帰る日である。385KMを約7時間バスで走!
途中、ポーランドのエルサレムと言われるカルヴァリア・ゼブジドフスカに立ち寄った。

ワルシャワに着いたら、食事の前にピアノコンサート鑑賞があった。
ショパンの名曲を40分程聞かせて貰った。

! ! ! ! !

今まで聞いたことのない素晴らしい音に驚いた!ピアノと言うのは、こんな音を出す楽器なのかと思った。ピアニストの腕や部屋の音響のせいだろう!

そう言えば、催馬楽団地に住む爺さんも時々、「乙女の祈り」などの楽譜を見ながら、鍵盤を触って音を出している^^





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11月20日
帰国の日である。
ワルシャワからヘルシンキに飛び、ヘルシンキから成田へ飛ぶ。
延べ約1,700KM, 延べ約30時間!8日間のバルト3国とポーランドのバスの旅・・疲れた!
でもこのツアーの同行者、80歳、81歳の二人の他、70歳代も5人いた!意欲(好奇心)と体力があるから、こんなハードなツアーに参加できるのだろう。

8日間、毎日曇りだった。日本なら曇りでも明るい雲、暗い雲など変化があるが、こちらの雲は暗い雲だけである。日本なら雨でも朝、昼、夕方と明るさは変化するが、こちらは日の出8時半、日の入り15時半まで明るさに変化がない。
ツアーの同行者と楽しく過ごすから良いようなものの一人旅では「うつ病」になるのではと思うくらいの暗さだった^^

今回の4か国で65か国となった。

今回のツアーの添乗員(桶谷さん)は、最高! 旅行先の内容もすべて理解し現地ガイドは不要なくらい^^、客への気配り・ユーモア^^、 そして、旅行後の参加者への配慮 等 等 ・・・・



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by momodisk | 2014-11-29 14:37 | ヨーロッパ | Comments(1)

バルト・・・ポ その4

アウシュビッツ
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昔から一度行ってみたいと思っていたアユシュビッツに来た。(写真は正面)
第2次大戦中、ナチスドイツ占領下の土地からはユダヤ人、ポーランド人、ロマ?、共産主義者、反ナチス活動家、同性愛者等が捕らえれ、各地に設けられた強制収容所へ送られた。
ある者は即座に殺され、ある者は過酷な労働に従事させられたのち殺された。
殺人工場とでもいうべきこの強制収容所が、クラクフの西54KMのところにある町オシフィエンチムの郊外にあった。ドイツ名は「アウシュビッツ」。ここで殺された人々の数は、28の民族、150万人と言われている。
現在は、博物館として公開されている。(「地球の歩き方」の本から)

ところで!ナチス ドイツは彼らから、どのような迫害を受けていて逆に反撃に及んだかはインターネット等で調べているが分からない!


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話は変わり、我が日本国(日本人政府)は、日、独、伊の三国同盟の第一次世界大戦の時,そして、第二次世界大戦ではるばる外国に出向き、何ケ国、何数民族を何百万人殺したのだろうかと思う(涙)、
・・・・・・・どこから、どんな迫害を受ければ、そして、それほどまでしたのだろうか?・・・・・・
単に、国益、侵略・・・・
(??東条英樹=??アドルフ ヒットラー??)

もちろん自国民も含めれば死人は何百万人だろう? プラス&マイナスを当時の人々は考えなかったのだろうか?

歴史とは?
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f0032712_1237540.jpgf0032712_1237556.jpg写真左(柵)

写真右(囚人棟)

収容所内には、28の「囚人棟」があり一時は2万8,000人が収容されていたこともあるという。











f0032712_12442447.jpgf0032712_1245832.jpg写真左(牢)

牢の後であるが現在は博物館の展示に使われている。
受刑者の顔写真が貼られている。一人ずつ正面顔、横顔の写真である。

写真右(銃殺刑場)

花が手向けられている








f0032712_12512853.jpgf0032712_125147100.jpg写真左(ガス室、焼却炉)

写真右(絞首刑場)

実にいろいろな殺し方がある










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ビルケナウ
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アウシュビッツ強制収容所から約2KMほど離れたところに、広大な敷地を閉めるビルケナウ。
面積は1.75平方KM,300棟以上のバラックが並びアウシュビッツよりもさらに大規模な強制収容所であり、一大殺人工場であった。1941年に建設が開始され、1945年(私が生まれる前年)にソ連軍によって解放されるまでに百数十万人の命が奪われたと言う。(地球の歩き方)


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f0032712_13113235.jpg敷地内には線路があり両側に収容所が立っている。アンネ フランクは左側の収容所にいたとの事である。













f0032712_1316039.jpgf0032712_13162043.jpg写真右(バラックの入口)
トイレに使われていた

写真左(バラックの内部)
ベッドが詰め込まれている











f0032712_13201183.jpgトイレ


ここまで見てくると気分が憂鬱になってくる。
そして考えさせる。
1、ユダヤ人とは、日本人と言うような国籍のことではないようだが、かと言って人種の事でもないようだがユダヤ人とは何か?
2、ユダヤ人とユダヤ教の関係は?
3、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教の違いは?
4、ナチスがユダヤ人やいろいろな人達をここで殺害した理由?

インターネットで調べてみるが良く分からない!



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by momodisk | 2014-11-29 12:21 | ヨーロッパ | Comments(0)

バルト・・・ポ(その3)

カナウス
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11月15日”日本のシンドラー”と言われるカナウスの日本領事館の領事代理 杉原 千畝(ちうね)を称える杉原記念館に行った。
第2次世界大戦初期、ナチスの迫害を逃れ日本通過に活路を求めたユダヤ人に、本国の指示に背いてまで1,600ものビザを発給し、第三国に渡ることのできたユダヤ人は6,000人を超えたと言う。(地球の歩き方)

この後、当然!外務省をクビ! 
工業高校建築科を卒業し建築関係の職場を6回転職し夜間大学に通った私、当然,真似は出来る^^
公務員になっても^^ 勿論!

記念館の建物は、当時の領事館である。





f0032712_1735864.jpgf0032712_173917.jpg13世紀にドイツ騎士団の侵略を防ぐために造られた城 カウナス城
古いだけに少し変わった形状をしている。

赤レンガの美しい15世紀の大聖堂 聖ペテロ&パウロ大聖堂 壁一面に描かれたフレスコ画と彫刻で飾られた祭壇が印象的(地球の歩き方)
教会の彫刻など普通だが、ここの彫刻には目を見張った白く!陰影の彫刻が美しい!

ここから440KM、6時間半かけてポーランドのワルシャワにバスで向かった。
ホテル カンパニーれ泊



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ワルシャワ
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f0032712_19435162.jpg朝、ワルシャワ市内観光だが時間は短い!
ワジェンキ公園でバードウオッチング、リスなどの動物ウオッチングである。









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ポーランドと言えばショパン!
ショパンの心臓を祭っていると言われる聖十字架教会

自由昼食でレストランの日本食でウドンを食べたが「ウドンの概念に入らない!」味以前の問題!

この後、ポーランドの京都と言われるクラクフへ
300KMをバスで6時間! 
このツアーはハードである!

ホテル ガルシア泊 3連泊^^
嬉しい^^




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by momodisk | 2014-11-28 17:22 | ヨーロッパ | Comments(0)

バルト・・ポ・(その2)

タリン(エストニア)
f0032712_1356275.jpgf0032712_13561710.jpg11月13日、ヘルシンキから船にのりバルト海を2時間ほど走り、エストニアのタリンに着いた。
市内観光で「世界遺産」、①歌の原、②トームペア城、③アレクサンドル・ネフスキー教会、④大聖堂等見て回った。

午後、ラトビアのリガへ約310KMを6時間かけてバスで走る。
ホテル エレファント泊












リガ(ラトビア)
f0032712_1485498.jpgf0032712_1491846.jpg11月14日、朝、リガ市内観光
①大聖堂、 ②聖ペトロ教会、 ③スエーデン門、 ④リガ城、 ⑤三人兄弟、 ⑥火薬塔等を見た後、新市街へ行く

旧市街の建物の彫刻は凄い!久しぶりに驚いた!そして目を見張った!

子供たちも可愛い^^
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ツアーの同行者の中に髭伸ばし放題の人がいたがリガにもいた^^


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f0032712_19101824.jpg
午後、リトアニアのカナウスへ向け約260KMを4時間半かけてバスで走る。
国境のシャウレイを過ぎてすぐに「十字架の丘」があった。
大小無数の十字架や像、ロザリオ等見ごたえがある。この光景も初めてである!
最初の十字架は1831年のロシアに対する蜂起の後、処刑や流刑にされた人々のために建てられたらしい?

ホテル カナウス泊












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by momodisk | 2014-11-28 14:03 | ヨーロッパ | Comments(0)

バルト三国とポーランド(その1)

f0032712_1040364.jpg3年前のロシア以来久しぶりのヨーロッパ旅行である。9月に、仕事をリタイヤした福岡の友人(BWの仲間)を誘い出かけた^^

ツアーの集合時間が、朝9時だったので前泊が必要だった。
インターネットで東横イン成田空港を予約した。
ビックリ!広い! ヒローイ部屋だった。
こんなの初めて^^

キッチン カウンターが付いている? これで5,000円! 信ーんじられないのー ♪ ♪ ^^








f0032712_1312354.jpgヨーロッパは、地図に35カ所以上マークが入っている。今や名所旧跡の何処にいっても特に目を見張ることもなくなった。
今度の目的は、ポーランドのアウシュビッツでありバルト3国はその通り道である。
成田からフィンランドのヘルシンキまで10時間少し。夕方着いたので晩飯食いにでかけた。
適当なレストランがなかったのでピザ屋に入った。ビールが飲めれば不満は無い^^

美味しいけど大きくて食べきれない。レストランがテイクアウトしてくれた^^ 同行の若い女性にプレゼントしたら喜んだ。ついでに飲み物も買ってあげた^^

ヘルシンキ(ホテル クリムス オリンピア 泊)












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by momodisk | 2014-11-28 10:41 | ヨーロッパ | Comments(0)

ヨーロッパ

f0032712_1618334.jpg 1から9をクリックしてください

9 ロシア旅行  2011年5月
     サンクトペテルブルグ、 モスクワ

 8 アドリア海沿岸の旅  2010年3月
  スロベニア(ブレッド湖、ボストイナ鍾乳洞) クロアチア(ザグレブ、リエカ、オパティア、サダ ル、クロルビッツエ湖、シベニク、スプロット、ドブロブニク)
  ボスニアヘルツエゴビナ(モスタル) モンテネグロ(コトル) オーストリア(グラーツ)

  7 あこがれのスペインの旅  2006年2月
   バルセロナ、バレンシア、グラナダ、コルドバ、トレド、マドリッド

  6 東欧バスの旅 2005年4月
   チェコ(プラハ) スロバキア(プラスチラバ) オーストリア(ウイーン) ハンガリー(ブタペス  ト)

  5 ヨーロッパ鉄道の旅 2004年9月
   フランスパリ オランダ(アムステルダム) ドイツ(ケルン) ベルギー(ブリュッセル)

    4 北欧ベストハイライト  2001年7月
       デンマーク(コペンハーゲン) ノルウエー(ベルゲン、オスロ) スエーデン(ストックホルム) フィンランド(ヘルシンキ)

    3 古代ロマンの旅 1995年3月
      スイス(チューリッヒ) トルコ(イスタンブール) ギリシャ(アテネ)

    2 ヨーロッパ研修旅行 1989年12月
      フランス(パリ) イギリス(ロンドン) イタリア(ローマ)

    1 初めての海外旅行 1986年12月
      フランス(パリ、ベルサイユ) イギリス(ロンドン) イタリア(ローマ、ナポリ)
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by momodisk | 2007-06-01 16:18 | ヨーロッパ | Comments(0)