カテゴリ:最近の旅行( 39 )

田上さん宅

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田上英昭さん宅は、エセイサ国際空港から30分程の距離で、中心市街地との中間の距離の郊外にある。人通りの多いところでは無い!店舗(農園)と住宅が一緒にあるがカギをかけ来客の時だけ開けるようにしている。

従業員のディエゴだけが英語を話す!私に懐いてきていろいろ親切にしてくれる。
他の従業員は、言葉の通じる通じないはお構いなしに賑やかなスペイン語で話しかけ、挨拶は抱き合って両頬にキスをする。


最後までこの挨拶の仕方はなじまなかった!習慣の違いを直ぐに変えられない頭の固さのせいだろうか? 



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田上さんの家は大きい!
住居部分だけでも100坪は軽く超えるだろう。ホテルのようにバス・トイレ付の部屋もいくつかある。
リビングの壁には大きな富士山の絵も飾ってある。中二階の壁には夕日に沈む京都のお寺の絵が飾ってあった。



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この部屋は、別棟で従業員の休憩や食事に使っている部屋である。
広い部屋で県人会の集会やパーティにも使っている。
かねては、この部屋で三度の食事をしている。家族も来客も従業員も一緒の食事である。だから雇い主、従業員という感じは全然しない。家族のような感じである。

県人会100周年記念の準備もこの部屋で行われた。





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長女のクラウディアの夫、ビクトル フーゴは弁護士の資格も持っているが裁判所に勤務している。その方が収入が安定しているのであろう。
DVDで「跳ぶが如く」を見てから西郷隆盛の魅力に取りつかれたそうである。クラウディアから西郷のグッズがあったら持ってきてほしいと頼まれたのでプレゼントした。

ビクトルから西郷をどう思うかと聞かれた。自分は、歴史は苦手でよく分からない!まだ映画で見たアルゼンチン人でキューバの革命家チェ ゲバラの方が興味があると答えた。
ナント!ビクトルは私の為にチェ ゲバラの本や諸々のグッズをプレゼントしてくれた。ありがたいがスペイン語は分からない^^

田上さんは、県人会の役員をしているので焼酎は、どこからともなく手に入るようである。延べ15日間、ここでただ飯を食べ、タダ焼酎を飲んで暮らした^^
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by momodisk | 2012-10-23 17:40 | 最近の旅行 | Comments(0)

再会と別れ

f0032712_15573788.jpgf0032712_15574753.jpg明治時代から日本は、南米への移民政策をとっていた。その子弟を県が県費留学生、研修生として毎年1年間県内の大学や企業等に受け入れていた頃があった。縁がありアルゼンチンからやって来た若者達のお世話をしていたことで南米各地の若者も一緒に我が家に遊びに来ていた。
時は過ぎ、後に来た若者でも10年は過ぎてしまった。
アルゼンチン鹿児島県人会100周年記念大会があり久しぶりに彼らと再会した。勿論、結婚した人もいる。
帰国前、彼らが歓迎会兼送別会に招待してくれた。

大坪クラウディアの家に招待された。外科医と結婚していて彼女の父親も遊びに来ていた。彼女と夫のエクトールは、私が帰国する日に京都に弓道の昇段試験を受けに行くそうである。
2世の父親も一緒に行くそうで、日本は初めてである。親の出身地の川辺を案内する約束をした。

f0032712_16212134.jpgf0032712_16213964.jpg宮園フリアンも結婚していて彼の家に招待された。奥さんのパトリシアは2世であるが日本語がうまい!聞いたら親が福岡出身であり、本人は福岡の東海大学に1年間留学していたそうである。
今回の旅行の直前、弟のギドがスペインから友達と一緒に我が家に遊びに来たので、お母さんとも久しぶりに会い話が弾んだ^^









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フリアンはブエノスアイレスの郊外に住んでおり、住まいはビルの最上階で最高の眺めである。かなり大きな家で40坪位はあろう。(テラスを含めると100坪近く?)
鹿児島留学から帰国の時に買った焼酎を見つけ出したと言って持出した。早速、味見をしたが焼酎は腐らないものである^^
ご馳走攻めにあった^^










f0032712_16354012.jpgf0032712_16361276.jpg最後の日は、下村シルビア、吉原カロリーナ、久木田マリア、森マルセーラ、宮園フリアン達がレストランで送別会を開いてくれた。
来年、県費留学生で鹿大に留学する予定の(この制度は、もう無くなったと思っていた)中釜ソルや日本人とは関係ないが田上さんの家に出入りしているパトリシオも来てくれた。
皆で、別々な料理を注文して一緒に食べる楽しい食事だった。ジッ様が一人だけビールを飲んでいた^^
シルビアには、可愛い女の子がいた。
別なテーブルを見たら昔 懐かしいエリザベス テーラーが横たわっていたので写真を撮った^^
皆さん、それぞれが土産を持たせてくれた! 恐縮である!こちらは手ぶらで行ったのに!
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by momodisk | 2012-10-23 15:58 | 最近の旅行 | Comments(0)

ティグレ地区、 ボカ地区

f0032712_10382965.jpgf0032712_10385585.jpg今回の旅行でもブエノスアイレス市の北29KMにあるティグレを案内してもらった。
人口4万人の小さな町。パラナ川が複雑に入り組むデルタ地帯である。川の中に無数の島があり大勢の人が住んでいる。 川が道路でありボートで移動する。とてものんびりしたきれいな所である。










f0032712_10483924.jpgf0032712_10491055.jpgボカ港は、昔、アルゼンチン唯一の港だった。ヨーロッパからの船はすべてこの港に停泊し、夢を求めてやって来た移民をおろした。
この港町は、造船工場や賭場があり船乗りや労働者を相手にする安酒場などがあったところである。
古い木造の建物がカラフルなのは船の塗料の余ったものを塗ったものである。

銅像を真似して微動だにしない女性がいた。地面に小銭入れが置いてある。









f0032712_1101827.jpgアルゼンチンタンゴの、あの官能的なステップはそんな暗いバーの片隅から生まれたのである。
町には、素晴らしいスタイルの女性がいて、観光客にポーズを取らせ、そのポーズに合わせた女性のポーズをくっつけて写真を撮らせるのである。いかにも本当に踊っているように見える。
ポーズ代は1,000円位だからいい商売である^^
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by momodisk | 2012-10-17 10:39 | 最近の旅行 | Comments(0)

ドバイ  アラブ首長国連邦

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f0032712_203746.jpgバージュ・ハリファ
ドバイには、世界一の高層ビルがある。 (タワーではない)
今年、2012年1月にオープンした地上828メートル、160階建ての超高層ビルでホテルやレストランもある。
地上442メートル、124階の展望台からは超高層ビルがはるか下に見える。
ドバイの街の眺めは、東京タワー、エッフェル塔、カナダのトロント タワーからの眺めと全く異なるものに本当に驚いた!
ここは、ドバイ半日ツアーに入っていなかったのでドバイメトロや路線バスを使って行った。ドバイメトロは、2009年に開通した世界で一番長い無人鉄道であり殆どは地上を走っている。





f0032712_11265240.jpgf0032712_11271048.jpgツアーでドバイ博物館に行った。1761年に建てられドバイでは最も古い建物で、首長の住居として使われていたものである。
現在は、ドバイの歴史や財産を保存するための博物館になっている、蝋人形などを見ていると当時の暮らしが感じられる。











f0032712_11363311.jpgf0032712_11365794.jpgドバイの中心をゆうゆうと流れるクリークは、河口で大きく曲がりアラビア湾に流れ出す。
アブラという水上タクシーにのり観光名所の中でも人気があるオールド・スークに行った。
日用雑貨やスパイス、色々な店が沢山ある。町を歩いている地元の人達の服装が珍しい。
女性のイスラムの黒装束も顔だけ出している人、目だけ出している人、目も隠している人等いろいろである。
スカーフだけの人もいる。信仰の深さの程度だろうかと思う。

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ホテルに帰りつき、ビールを飲みたかったので町の街の店舗に買いに行った。何処にも売っていない。
ブルネイと同じだなと思い出した。
ホテルのレストランでビールを注文したらバーで飲んでくれという。イスラム世界では人前でアルコールを飲むのはご法度のようだ。
バーに行ったら女性が何人かいてニーハオと話しかけてきた。日本人より中国人の方がここではポピュラーなのかなと思った。バーのホステスかなと思ったが雰囲気からして違う様である。春をひさぐ人たちだろう?
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f0032712_11575922.jpgf0032712_11582064.jpg成田に到着したのが夕方だったので東横インに後泊した。
翌日、帰る前にスカイツリーを見に行った。(タワーである)
高さ634メートルだからバージュ・ハリファより200メートル近く低い。第一展望台は350メートルだから100メートル近く低い!第2展望台は450メートルだから逆に10メートル近く高い。
東京タワーから見ようと、スカイツリーから見ようと東京の街の眺めがそんなに変わるわけではない。第2展望台に1,000円出して上るのはやめにした。
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ブエノスアイレスの田上さん宅で延べ15日間、タダ飯を食い、タダ酒を飲み、ここを基点にして南米各国を周った。家族、従業員、県人会の人等皆さんから本当にお世話になった。(9年ぶり3回目である^^)
帰りのブエノスの空港には28人の人達が見送りに来てくれた。目から汗が流れ出る~~
丁度、1か月の旅が終わった
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お世話になった恩はその人に返すのではなく、巡り巡ってきた別の人に返すというのを東京の学生時代に聞かされた。
帰国して1週間後、アルゼンチンからクラウディア大坪が夫のエクトール(職業 外科医)とお父さんとの3人で遊びに来た。お父さんは川辺町出身の2世で日本は初めてである。
我が家、指宿フェニックスホテル、妙見の鶴の湯等に泊まり、5日間県内を案内してあげた^^
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by momodisk | 2012-10-14 20:37 | 最近の旅行 | Comments(0)

アブダビ アラブ首長国連邦

f0032712_15542270.jpgf0032712_15544465.jpg日本への帰りは、ドバイで2泊することにした。往きに成田~ドバイが11時間、ドバイ~ブエノスアイレスが18時間、我が家の玄関からブエノスまで45時間ほどかかったからである。流石に疲れた!田上さんの家でベッドに体を横たえたのは50時間ぶりであった。

アラブ首長国連邦は、アブダビ、ドバイ等7つの首長国が集まって一つの国を形成している。現地発ツアー会社のAlan1netで1日目は首都アブダビの1日ツアー、2日目は、ドバイの半日ツアーにのることにした。
幾つかのツアー会社のツアーがドバイのあるところに集合して混載バスで行くものである。ドイツ語ガイドのツアーも入っていた。



f0032712_16125779.jpgf0032712_16135379.jpgドバイから2時間くらいでアブダビに着く。ほんの数十年前まではほこりにまみれた小さな村だったのが、1962年から(私の誕生1946年よりはるかに後)始まった石油時代とともに、急速な発展を遂げたアブダビは世界でも類を見ない石油で潤う大都市へと発展したそうであるが一昨年、行った隣国カタールのドーハと同じような光景である。
高層ビルに囲まれて小さなモスクもよく見かける。

アブダビの一番の見どころであるシェイク・ザイード・モスクに行った。
世界で3番目という巨大なモスクである。本当に大きい!2007年のオープンで新しいく息をのむような美しさである。工事の際には、イタリア、ドイツ、トルコ、イラン、中国など世界中からデザイナーや建築材料が集められた。4月にブルネイで大規模なイスラム寺院を見たがここと比べると規模が小さかった。

f0032712_15542070.jpgf0032712_15541321.jpg女性は、肌を出さないようにイスラムの黒装束を着せられる。男性でも半ズボンは不可で長ズボンをはかせられる。

内部のプレイヤールーム(お祈りをする空間)に敷き詰められた世界一の手織りペルシャ絨毯。その大きさも驚きだが、柄も大変美しい。アブダビを訪れるなら絶対にはずせない名所だ「地球の歩き方」
全く同感である。








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(写真左) アル・フン・パレス
       古きよきアブダビを彷彿させるという元宮殿を博物館に使用している館に行った。
       アラブの珍しい展示物が沢山ある。

(写真右)ヘリテージ・ベドウイン・ビレッジ
       石油が産出する前のベドウインのライフスタイルを再現したテーマパーク。ラクダと記念撮影を することもできる。昔のアラブの暮らしがうかがわれる。


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ハプニング?
ドバイのホテルに戻ってカウンターで部屋のカギを求めた。
ナント!今夜のホテル代を要求するではないか!部屋のカギとホテルバウチャーを目の前に置きながらである。(バウチャーとは予約確認書でありホテル代を支払ったことを証明するものである)
余りの馬鹿げた話に頭に来た。バウチャーのとおり我々は、昨夜から2泊、2部屋、2人で泊まっているのである。何故、今夜のホテル代だけを支払わなければいけないのか?と問い詰めたら訳のわからないパソコンの画面を見せた。俺には関係のない事だと言い放し無視してカギを握った。相手は黙り込んだ!多分、同僚から制止させられたのだろう。エレベーターの中で別な従業員が謝った。

以上のシーンのセリフを全て英語でこなした^^ 大したもの?^^  頭が英語モードに切り替わっていたようである^^
(因みに、このホテルの1泊朝食付き一人、1部屋の料金は、4,600円で朝食は十分な内容だった)
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by momodisk | 2012-10-13 16:00 | 最近の旅行 | Comments(0)

クスコ  ペルー

f0032712_11235910.jpgf0032712_11235860.jpgすっぽかされたマチュピチュツアーをいつまでも気にしても仕方がない。気持ちを切り替えてクスコの見物にした。

クスコは、インカ帝国の首都だったところである。太陽神を崇拝し、大インカ帝国を築いた人々にとっては世界のそして彼らの宇宙観の中心でもあったのだ。
16世紀、スペイン人の征服者達により、インカは山奥へ追いやられスペイン人たちはインカの礎石の上に教会や邸宅を作った。この不思議なコントラストがクスコを特別な街にしている「地球の歩き方より」




f0032712_11415389.jpgf0032712_11422275.jpgアルマス広場周辺は、警察官が多い!半径50メートルに何人いるだろうかと思うくらいである。
ブラブラしていたら軍隊が現れた! 多分、観光客向けのデモンストレーションだろうと思うが。

レストランの壁にはインカらしい飾り物があった。レストランをフォルクローレの楽団がめぐり客からチップも貰ったりCDをうったりしている。
CDを買い求め、今、聞きながらブログをかいている。竹笛のかすれたような音が郷愁を感じさせる^^
ガンタナメラ等、聞き覚えのある曲が懐かしい。




f0032712_11544634.jpgf0032712_1155591.jpg町を歩くとラマを釣れた民族衣装を着た人たちが沢山いる。写真を撮らせ小銭をせびっている。周囲の景観にマッチしている。

ワンちゃんを連れた物売りのおばちゃんにも小銭をあげ写真を撮らせてもらった。

広場周辺を歩いているとなんかダルイ!石畳だからきついのかと思ったが後で考えてみると標高が高いからであった。3399メートルある。






f0032712_1284547.jpgf0032712_1283771.jpgホテルは、サン・アグスチン・インテルナシオナルという名前で内部はいたるところが曲線を描くユニークは作りだった。かなり珍しい!
朝食はバイキング方式で美味しかった。

リマに帰るクスコの空港にマチュピチュの看板があった。胸がキュンとなり目頭が熱くなった。
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by momodisk | 2012-10-13 11:26 | 最近の旅行 | Comments(0)

ペルー ナスカの地上絵

f0032712_14342633.jpgf0032712_1435025.jpgインターネットで探すと現地発ツアー(もちろん英語ガイド)をする会社が幾つかある。ペルーのリマ発でAlan 1 netという会社がナスカの地上絵とバジェスタ島観光ツアーをやっていたので申し込んだ。515米ドルだから4万円少しである。ホテル送迎と言うことで早朝3時半に迎えに来たがナント!バジェスタ島への発着地ではなくリマのバスセンターに連れて行くではないか!これにはタマゲタ!
最初のバス停で降りたらガイドが迎えに来ていると説明する。そして、路線バスに乗せられた。インターネットで見たツアーの説明にはそんなことは一言も書いてない。
現地発ツアーはホテルへの送迎が原則で目的地を案内するが、路線バスに乗せることは想定外であった。
(これもハプニングか?)



f0032712_15322348.jpgf0032712_15331287.jpgしかし、ここでジタバタしても始まらない!諦めてバスに乗り込んだ。このバスは2階建ての豪華バスでリクライニングシート、もちろんトイレ付である。そして朝食付きだった。(このツアー参加者は自分一人)
2階の最前列の席で250KMのバス旅行を楽しんだ。目的地には、ガイドの他にペリカンちゃんも迎えに来ていた^^

バス停から島への船発着場は近くであり、リゾートホテルの地域の中にあった。こんな優雅な地域には滞在したことがない! 周りをのんびり見物した。
他のバスからツアーに参加する人たちが集まったところでハプニングがあった。海上が荒れ模様で欠航で、代替えに国立公園のツアーに変更するとの事である。
島で見るオットセイ、ペンギン、ペリカン等は南アフリカのケープタウンからのツアーで見ていたので全然、気にならなかった。


f0032712_20171285.jpgf0032712_2018459.jpg天候によりツアーの内容を変更するというのも説明書きには出てこない。だから国立公園の名前、場所が何処なのかは分からない。

しかし、この国立公園のツアーは満足した。なぜならば砂漠と海だったからである。エジプト、ヨルダン、シリアの砂漠は見たことがあったがペルーの砂漠は考えたことがなかった。
砂漠にもいろいろな風景があるのである。海と面した砂漠も初めてであった。砂漠に住む猛禽類や海鳥の姿も同時に眺められる。


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f0032712_1032914.jpgf0032712_1032826.jpg紀元後、100~800年、ここにナスカ文化が栄えていたそうである。
しかし、ナスカの人々は、広大な大平原に何を思ってか300にもわたる線を引き、三角形の図形、動物、魚、虫、植物などの絵を描いた。 それも空中から見なければ分からない大きさである。
これが、何を意味するのか未だに謎であるそうである。

飛行機で絵の位置の説明があるが直線が多くてなかなか判別できない。オウム、木、手、ハチドリだけは確認できた。
線となる浅い溝は、黒い地表の小石を取り除いて明るい地肌を露出させたものである。






f0032712_1017305.jpgホテル送迎付きツアーで何故、路線バスに乗せるのかと思っていたが後日、アラブ首長国連邦のアブダビ、ドバイの現地発ツアーに乗った時疑問が解決した。
路線バスではなく、ナスカ空港発、イカ空港発、パラカス空港発等いくつかのナスカの地上絵のツアー客が混載のバスだったようである。どうりで食事がでたはず^^

帰りも同じバスでリマのバスセンターに着いた。到着が遅いので夕食付だった。
ホテルに送ってくれるマイクロバスに乗ったが客は自分一人だったのでスーパーマーケットに立ち寄ってもらい缶ビールを買った^^
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by momodisk | 2012-10-11 14:40 | 最近の旅行 | Comments(0)

ペルー リマ

f0032712_1414585.jpgf0032712_14152295.jpg8月28日、憧れのマチュピチュを目指してアルゼンチンのブエノスアイレスを発ちペルーの首都リマへ向かった。
リマへの直行便ではなくチリの首都サンチャゴ乗り換えの便である。サンチャゴを地図で見るとアンデス山脈を越えて真西にあり2時間少しの距離である。サンチャゴからリマはアンデス山脈の縦断で約4時間の距離である。横断と縦断を同時にこなすことになる。
(昔、アルゼンチンのバリローチェやカラファテのペリトモレノ氷河、ウシュアイアに行った時、アンデスは飛んだ筈だが記憶にない。氷山ではなかったせいか?)

サンチャゴの空港で昼飯にした。勿論!ビールも^^ それにしても食事の量が多い!半分も食べられない!でも美味しい^^





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アルゼンチン鹿児島県人会のメンバーにペルーやチリに知り合いのある人がいてチャータータクシーの手配をしてくれたので安心して現地の市内観光や移動ができた。


(左)サン・マルチン広場、 (右)マヨール広場





f0032712_1514322.jpg横断歩道で一輪車の大道芸を見せ信号待ちの車からお金をせびるすばしこい人がいた。













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セントロから少し離れたミラフローレス地区に行った。ラルコマルは、海岸沿いの高級住宅地で立派なホテルやデパート等が建っている。
旧市街地と比べると別な国のようである。どこの世界にも貧富の差はあるようである。
南米から太平洋を見たのは初めてである。


f0032712_15173050.jpg「地球の歩き方」の本を見たら、ホテルからそう離れていないところにフジという名前の日本食レストランがあったのでチャーターしたタクシーの運転手と食べに行った。
驚いたのは、このレストランでも客が入ったら入口のカギを閉めるのである。ブエノスアイレスの田上さんの花屋さんでもカギを閉めて営業、客が呼び鈴を押したらドアを開け客を中に入れていた。
パラグアイのホテルでも門のカギを閉めて営業、客が呼び鈴を押したら鍵を開けてくれるようになっていた。店内販売、店頭販売が普通の日本では考えられない客商売である。

そう言えば、これらの国々!日本では決して見られない大昔のポンコツ自動車が普通に走っている。経済情勢が悪い=治安が悪い の証明だろうと思う。

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この店でペルー在住の建設業関係をしている二人の日本人客と話が合った。ペルー帰りだとブラジルには黄熱病の予防注射が必要なためブラジル行きを諦め、代わりにパラグアイ行きにした話になった。
二人は、驚いていた!仮に黄熱病が発生したとしてもブラジルの空港内で注射をして入国できるとの事だった ガーン!
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by momodisk | 2012-10-10 14:21 | 最近の旅行 | Comments(0)

消えたマチュピチュ

南米は、これまでに2回行った!
イグアスの滝、バリローチェ、カラファテのペリトモレノ氷河、南米大陸の最南端の町ウシュアイア等を見て回った。
9年が過ぎ、年齢を重ね体力も落ちてきたので、なるべく早いうちにペルーのインカの空中都市マチュピチュに行きたいと思っていた。

f0032712_1151559.jpg6月中頃、読売旅行鹿児島営業所の広告に9月のマチュピチュツアーが鹿児島発着、添乗員同行で40万円位で出ていたので早速申し込んだ。
2週間ほど経った時、アルゼンチンのブエノスアイレスに住むTさんからメールが届いた。「Mさん!南米旅行の計画があるなら鹿児島に住む弟を連れてきてほしい。彼は一人で外国旅行はできないので」との事だった。
前2回の旅行の時、大変お世話になった方だったので引き受けたいのだが40万円を超える旅行金額になるのでマチュピチュに行けなければ話にならない。

早速、インターネットで調べてみたら日通ペリカントラベルネットペルー支店で首都リマからではなくクスコからの現地発ツアーをやっていた。
・・・13時クスコのアルマス広場内カテドラル(大聖堂)に集合。日本語スタッフからチケット類のお渡し説明。オリャンタイタンボ駅へ送迎(約2時間)。17時過ぎマチュピチュ村到着、各自ホテルチェックイン。翌日マチュピチュへ・・・・(ツアー代金約34,000円)
という年寄りにも楽な行程の内容のツアーだったので即、申し込んだ。

Tさんにメールしてマチュピチュに行けるので、アルゼンチン経由で行くことにした旨を伝えた。
読売旅行のツアーは、日程に十分余裕があったのでキャンセル料なしで解約できてラッキーだった。



f0032712_11281578.jpg今度は、インターネットで格安航空券、格安ホテルを探すことである。
ANAで、鹿児島~羽田22,170円。羽田~鹿児島9,970円。
フリーバードで成田発、ドバイ経由ブエノスアイレス行きが往復223,000円。
ゲートウエイでブエノスアイレス発~ペルーの首都リマ行きが往復51,000円。さらにリマからマチュピチュの出発点であるクスコまで往復35,000円で航空券を買うことができた。
リマのホテル、ツアー終了後の翌日のクスコのホテルも格安で確保できた。
旅の準備は整い、旅行がスタートした。







f0032712_12585011.jpgマチュピチュツアーの当日、リマからクスコに飛び12時前には集合場所のカテドラルに着いた。雑踏ではないので迎えの人はすぐわかる。
13時になった。誰も来ない!13時半も過ぎたので日通ペリカントラベルに電話をしてみたがコインが落ちないのでつながらない。
ガーン!頭が真っ白になった。
仕方なく町の旅行代理店に飛び込みチケットの手配をしてもらったが夜遅くの列車か、翌日の早朝発深夜クスコ着で申し込んだツアーと比べるとはるかにキツイ内容だったので諦めた。
(ツアーは年寄りにも楽な行程であったから申し込んだものである)
唯一の目的のマチュピチュが吹き飛んで消えた。それに要した航空券とホテル代の40数万円が吹き飛んだのである。
(この旅行の大前提が、崩れてしまった)
泣く泣く!翌日泊まる予約をしたホテルを探し、この日もクスコに泊まることになった。

このホテル!頼みもしないのに日通ペリカントラベルの現地代理店らしきところに電話をいれた。この代理店は、先の町の旅行代理店が示してくれたような内容の代案を出してきたがキツイ日程や今後の旅程から断った。

不愉快を通り超し、体の力が抜けるような一日だった。
この事件、詐欺ではないと思うが民法709条(不法行為)故意または過失によりて他人の権利を侵害したるものは之に因りて生じたる損害を賠償する責に任ず。
これに該当すると思うが帰国したら損害賠償請求、慰謝料請求を弁護士に相談してみようと思う。

ところで、どうも相手はペルーの会社のようで日本の法律は適用しないようである。
「日通ペリカン」という商標?を使う日通ペリカントラベルと云う会社?と日本通運という会社との関係、日通ペリカントラベル ペルー支店は何処に存在するか、(本店は何処に存在するか?)  !現地提携店とペルー支店との関係、日本通運シンガポール支店と日通ペリカントラベルペルー支店との関係、どうも良くわからない
日本の法律で調べてみよう。
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by momodisk | 2012-09-24 11:00 | 最近の旅行 | Comments(1)

ウリベラレア (アルゼンチン)

f0032712_650156.jpgf0032712_6504761.jpg田上さんの長男アリエルが洗礼を受けた教会があるウリベラリアに遊びに行った。
アルゼンチンの広大な平地を1時間程車を飛ばしていく。山などは無い。

ここには、ビール工場もありレストランも併設されている。
















f0032712_6572712.jpgf0032712_657593.jpg早速、レストランに入ったがこの日は休みだった。しかし、おおらかなこの国!中に入れてくれる。自分一人ビールをいただく。とても美味しい。店内で珍しい大型の蓄音機が飾ってあった。上には猪の剥製も飾ってある。

ソーセージやハムもぶら下がっている。
















f0032712_763482.jpgf0032712_7709.jpg広大な平地のあちらこちらに牛や馬がのんびり草を食べている。豚の親子もいた。

野鳥も沢山いる。日本野鳥の会の会員にはよだれが出る状況である。タゲリに似た鳥もいた。











f0032712_7131769.jpgf0032712_7133597.jpg風車と牛との取り合わせを撮ってみたが構図としてはいまいちである。

農家の庭先に珍しいものを見かけた。トラックである。明治時代のトラックだろうか_
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by momodisk | 2012-09-12 06:50 | 最近の旅行 | Comments(0)