<   2007年 05月 ( 17 )   > この月の画像一覧

ぶらりフィリッピン

f0032712_1552659.jpgf0032712_1554557.jpg今年は、2回に分けてアジアの国を4~5カ国回ろうと思っている。連れがいない久しぶりの一人旅である。
最初に娘のイルジュの妹チョンジュの結婚式が5月31日にあるので参加するために大韓航空を使いフィリッピンに行くことにした。フィリピンの帰りにソウルでストップオーバーするので航空券は福岡からの往復で53,000円となった。
福岡~ソウルが1時間半弱、ソウル~マニラが4時間弱で近い。福岡から札幌へ行き、札幌から稚内までバスで6時間かかることを考えればとても近い。


(写真はホテルの23階からマニラ湾方向の眺め)
ホテル代は、1,900ペソ(約4,500円)で部屋の広さは4m X 15m位でとても広い。
夜、11時半に空港に迎えに来てホテルまで送る車のチャーター代1,000ペソからすると可なり安い。
写真に写っているのがホテルであるが市の中心部なのに混沌としている。
これまで東南アジアは、タイ、カンボジア、マレーシア、インドネシアに行き何処も混沌としているのは知っていたが、ここが一番のようである。東京にもあるが高層ビルとあばら屋が混在している。
混沌の事をカオスと言うのを思い出した。

f0032712_1585221.jpgf0032712_1591079.jpg
ビル プヤット駅の前であるが町のごみは凄い。東南アジアはどこも似たり寄ったりだがここが一番のようである。マニラには市役所は無いのだろうか? 清掃部局は無いのだろうか?と思ってしまう。ジプニーや人力車、バイクタクシー等が珍しい光景である。
さらに交通渋滞が凄い。以前、バンコックに行った時、1時間で200メートル進んだという話を思い出した。



f0032712_15192857.jpgf0032712_15195868.jpg高架鉄道に乗ってリサール公園に行った。
花の名前は忘れたがエジプトやインド等でもよく見かける花である。青空に映えてとてもきれいである。公園から市庁舎方面を見ると別世界のような光景が見える。
マゼラン上陸に始まる350年間にスペインの植民地時代、アメリカによる統治、日本による占領、いろいろな時代を経た国だから多様な文化がある国だろう。




f0032712_1522840.jpgスペイン統治時代、150年の歳月で建てられた要塞があるイントラムロスに行った。
ここで歩いてサンチャゴ要塞や捕虜収容所、マニラ大聖堂などを見て回っていたら馬車の馬方から乗ってくれと声をかけられた。料金を聞いたら600ペソと言うので断ったらしつこく追っかけてくる。300ペソに値切り乗ることにした。













f0032712_15302082.jpgf0032712_15303872.jpgマニラの南部、カビテ州にタガイタイという湖と火山がある別荘地のような所がある。英語が話せる運転手つきの車を1日チャーターして行くことにした。インドネシアの6時間で6,000円に比べれば1日で7,000円だからとても安い。
市内の交通渋滞を抜けて郊外に出ると爽やかな風景が広がっている。観光地なのでバイクタクシーが沢山あるのは分かるが果物屋が沢山あるのは良く分からない。買って食べたいとは思うが通りすがりの観光客なのでどうにもならない。大きな断面の果物!パイナップルの断面にも少し似ているがどんな味がするのだろう。日本で売っているバナナの殆んどはフィリピン産であるが、それにしても実に多くの種類の果物が売られている。

f0032712_15332080.jpgf0032712_15333746.jpgタガイタイの一番高い所に展望台がある。運転手のエドアルドの説明によると展望台は以前、マルコス大統領の別荘だった所で追放されてから展望台になったが手入れがされず荒れているとの事だった。
眺めは素晴らしく湖の中に世界一小さいタール火山が島になっている。湖に下りていく途中ヤシの実を売っている所があったので実のジュースを飲んだ。11年前、タイとマレーシアの国境のソンクラーで我が家にホームステイに来たチャイの家に泊まった時、彼の家になっていたヤシの実以来である。もう少し甘かったと思ったが少し水っぽかった。


f0032712_1535381.jpgf0032712_15352437.jpgマニラに戻り、マニラ湾の夕日を見に行った。静かな海で小さなボートの漁船も浮かんでいた。自分のカヌーと同じくアウトリガー(子供の自転車の補助輪と言う人もいる)がついていた。









f0032712_15374062.jpg堤防では、取って来た貝とゴミとを子どもが分別していた。こんなに小さいのに仕事をしているのである。フィリピンでは学校に行かない子どもが大勢いるようである。町で遊んだり、物乞いをしたり、タガイタイでは仕事をしている子供もいた。陸橋で寝ているのか、倒れているのか分からない子どもがいてビックリしたが誰も関心を示さないのにも驚いた。(衰弱している様子ではなかった) 日本だったら大騒ぎで救急車を呼ぶところだろう。
タクシーで空港に行く時、交通渋滞で車が止まったら5歳位の女の子が車の窓を叩き悲しい顔をして私を見ていた。 ンー? 運転手が窓を開けたので意味が分かり小銭をあげた。
去年は、インドネシアのバリ、ジャワ、スマトラの島々を回ったが暮らし向きは大分違うようである。フィリッピンは7,000余の島があり、うち1,000余の島に人が住んでいるそうである。豊かなリゾート地もあれば貧しい所もあるのだろう。
[PR]
by momodisk | 2007-05-20 15:02 | 最近の旅行 | Comments(0)

ホームステイの旅

ホームステイの旅 井邑(チョンウップ)
[PR]
by momodisk | 2007-05-19 20:30 | Comments(0)

ぶらりアジア各国

泥棒ホテルINハノイ
f0032712_9525775.jpgf0032712_9531775.jpgベトナムの首都、ハノイの空港に夜遅く着きタクシーに乗ってホテルに向かった。
ホテルは、ハノイ駅の近くで都心!どんな街かなと思っていたら貧民窟のような所だった。ホテルの近くに着いて運転手から車が入らないので歩いて行くように言われ降ろされた。 ドキッ!! ホテルがなくてこんな場所に置き去りだったらどうしよう!! しかし迷路のような狭い路地を歩いていたらすぐに辿り着いた。
チェックインをしたら「予約した部屋が満杯でスイートルームを提供するが明日以降は部屋を替わってもらいます」とのことだった。ラッキー!すごく豪勢な部屋である。これで1泊3.300円とは!!

ハノイ大教会近くのこのホテルの前の路地の夜は、風呂のイスが持ち込まれ野外レストラン?と化し、うるさい事この上ない。教会の鐘も一晩中鳴ったり止んだりしている。小さくて小奇麗なホテルなのでセキュリティはしっかりしており通行人や泥棒が入り込む余地はない。
このホテルに3泊し、ラオスのビエンチャンへ2泊の旅行する為バッグを預けて出かけた。帰って来た時又このホテルに泊まるからである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
5月2日ハノイ08:30発、ビエンチャン09:35着の便である。ハノイ市街地から空港までタクシーで1時間弱かかる、一応、国際線だから2時間前に着かなければならないからホテルを5時半くらいには立たなければならない。前日、教会前に停まっているタクシーにこのことを告げたら40万ドン(US25$)で行くと言うので予約した。!!ホテルで明日のチェックアウトの時間と又、帰ってくるのでバッグを預かってほしい事を話したら女性スタッフが快く了解してくれた。タクシーの事を話したら笑われた!ホテルは24時間営業だからチェックアウトの時間はいつでもOK,タクシーも手配しますとのことで、29万ドン(US15$)でホテルへの支払い、予約したタクシーはキャンセルをさせてくれた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さて、5月4日、ラオスのメコン川時間のゆったりとした時を終えハノイの空港に16時ころ、ホ
テルに18時ころたどり着いた。
帰ってからバッグを受け取り部屋でバッグを開けたら何も入っていない!!ガーン!
すぐホテルのスタッフに声を荒げた!アメリカ人らしい宿泊客が驚いてEMPTY?と聞いて見に来てくれた。

f0032712_9561281.jpg















ベトナムの道
f0032712_103789.jpgベトナムの市街地の道路は、ものすごく混んでいる。
道路は、バイクの洪水の中に車が埋もれて動いているようである。現地発のツアーガイドの話によるとバイクの台数が人口の半分の数とのことで、年寄りを除く18歳以上の全員が持っているような感じでうなずける。
しかし交通渋滞は少ない。何故ならば余程の大きな交差点で無い限り信号機は無い。しかもこの信号機は車用であり歩行者用ではない。歩行者用の横断歩道、信号機は無いに等しく歩行者は車(ほとんどはバイク)の間を縫って歩かなければならない。画面右下の男性(横断中)!歩行者と車(バイク)は、お互いに顔を見て空気を読んで動く。歩行者は絶対に走らない。もし、歩行者用の信号機があったら交通渋滞で都市機能は麻痺するであろう。
さて、旅行者はどうやって道路を横断するか?それは現地の人にくっ付くようにして歩くのであるが、それでも怖く身がすくむ。ほろ酔い加減で歩くなどあり得なく爺ツサマが暮らせる街ではない。
この国の交通事故死者数、1日30人余り年間1万2千人余りだと聞いた。わが国も’90年ごろこんな数字だった。現在5千人オーダーである。
・・・・・・・・・・・・・・・
ハロン湾ツアーのガイドがベトナムでは犬を食べると言っていた。車窓からバイクの荷台に猫を入れた大きな篭を積んでいるのを見た。聞いたら猫も食べるそうである。しばらくすると今度は、軽乗用車を牽引しているバイクを見た。一瞬、目が点になり次の瞬間思わず噴出した。自分の車が故障した時バイクで牽引して修理工場に運ぶ、これを発想するだろうか?
・・・・・・・・・・・・・・・
鶏は、首を絞め、熱湯に漬けて羽をむしりそれから調理がスタートする。
ホーチミンのメコン川デルタツアーでバスに乗った。車窓からバイクの荷台、足元に数頭の犬を積んでいるのを見た。鶏と同じく毛をむしった調理前の状態だった。


世界遺産ハロン湾
f0032712_10191782.jpgf0032712_10193724.jpgシンガポールからハノイに向かった。ホーチミン~シンガポールで乗った格安エアラインTIGER AIRWAYS.COMで18,000円である。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

4月30日この日は、今回の旅行のメインイベント世界遺産ハロン湾クルーズである。朝ホテルでの朝食で同席したアメリカ人と会話をした。4日ぶりに人とお喋りをしたと思ったらクルーズで久しぶりに日本語でお喋りができた。一人旅だとこんなものである。
ハノイから東へ167KM。「海の桂林」と呼ばれるハロン湾は世界遺産に登録されているベトナム随一の景勝地である。


f0032712_10222799.jpgf0032712_10224753.jpg世界中からハロン湾に観光客が押し寄せてきている感じである。日本語ツアーの人々は個人旅行の人だけである。ここ以外では日本人の個人旅行客は見かけなかった。
この日は、一寸霞んでいたので海の美しさはイマイチだった。海面から石灰質の奇岩が大小数千も海から突き出し山水画のような悠々たる風景が広がっている。
ここにも鍾乳洞があるが3月に見たスロベニアのそれとは比べ物にはならない。このクルーズはインターネットで予約して48US$で昼食付きだからかなり安い。個人で公共交通機関を使ってくるものではない。


f0032712_10242284.jpgf0032712_10243979.jpg夕方、ハノイに戻りホテル近くのベトナム料理店に行った。春巻きの皮より薄い皮に包んだ食べ物だったが美味しかった。
食べ物には余りこだわりは無い、ビールが美味しく飲めれば幸せなのである。
翌日は、市内のホーチミン廟、ホアンキエム湖に浮かぶ玉山祠等を見物した。とにかく暑い!
バイクの洪水を縫って歩き見物等と言う気にはならない。






ホーチミン
f0032712_10484552.jpgf0032712_1049380.jpgいよいよ最後の目的地ホーチミンである。ハノイから飛行機に2時間乗り料金は5,500円 安い!
ベトナムは1000年以上にわたり中国の支配、フランスの統治、二次大戦中の日本軍の進駐、第一次インドシナ戦争、第二次インドシナ戦争(ベトナム戦争)と激しい動きをした国である。今は、社会主義共和国であるが資本主義が急速な進歩を進め活気のある国である。市場の活気を見ていると外国を感じない。

看板を見ていて、ふと気がついた。ベトナム語はフィリピンのタガログ語と同じく文字を持たない言語のようである。アルファベットに細工をして使っている。

f0032712_10514927.jpgf0032712_105258.jpgインターネットで予約したメコンデルタのツアーに乗った。37,5US$だったが現地では25US$であり日本の旅行社の暴利に驚く。
東南アジア最大のメコン川は、チベット高原に源流を発し、中国雲南省、ミヤンマー、タイ、ラオス、カンボジア経てベトナム南部に広大なデルタを形成し南シナ海に流れ込む。
流域で何度も戦乱が起こった悲劇の大河だが、稲作や漁業を支える命の川である。(地球の歩き方より転載)
細い水路に入るとスマトラ島のジャングルの川を思い出す。



クチ トンネル
f0032712_1103887.jpgf0032712_1105349.jpg明日は帰国(と言っても韓国へ)と言う日、ホテルと交渉した。もう1泊するから同じ部屋にしてくれ。しかし宿泊はせず夜10時ころチェックアウトするから朝食はいらない。(これが英語で言えた! 頭が英語モードになっているようだ)
なんと5US$安くしてくれた。このホテル! 最上階にレストランがある大きなホテルであった。それでも朝食付きで1泊4,700円で安い。
夜11:50発のインチョン行きだから昼間はクチ トンネルの半日ツアーに行くことにした。


f0032712_1123747.jpgf0032712_1125454.jpgクチ トンネルはベトナム戦争当時、解放戦線(ベトコン)によって掘られた総距離200KMにも及ぶ地下トンネル。周辺にある16の町を結び、1万人近くが住んだ大規模なもので、アメリカ軍は大量の枯葉剤投下で対抗したが、最後まで攻略できなかった。現在、せまく複雑なトンネルは観光用に公開されている。(地球の歩き方より転載)

体格の大きなアメリカ人は入れないような小さな穴から出入りするようになっている。敵を落とす落とし穴も作られており矢が立ててありゾッとする。



f0032712_1142985.jpgf0032712_1144698.jpg珍しいものを見た。ひとつはミミズのようなトカゲのような尺取り虫のような体調20CM位の生き物である。
もう一つは果物である。枝に花が咲き実を結ぶではなくいきなり幹に実がついている。
昼2時くらいにホテルに帰りつきチェックアウトまでのんびりと過ごした。外は暑く、バイクの洪水で歩き回る気にならない。ツアーの食事以外はすべてホテルのレストランで取った。快適なホテルだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
10日間の東南アジアの一人旅が終わった。泥棒ホテルの体験や、いろいろな珍しいものを見た。楽しい旅行だった。飛行機7便で123,850円、ホテル10泊で38,400円の貧乏旅行だった。


ラオス
f0032712_16444829.jpgf0032712_16451093.jpg海外旅行を始めてから50カ国目がラオスのビエンチャンである。
ベトナムからはハノイからしか便がない。ラオス国営航空とベトナム航空の共同運航便で他社との競合がないので高く往復で30,100円である。
ホテルは、地球の歩き方に載っている新しいホテルにした。朝食付きで36US$である。隣にレストランがありクレジットカードも使えて便利である。ベトナムの喧騒を逃れ別荘に来たような気分である。
食事が出てくるのが遅いがメコン川時間が流れていると思う事にしたらユッタリとした気分になれる。

f0032712_16472892.jpgf0032712_1648687.jpg










f0032712_14244067.jpgf0032712_14251581.jpgホテルの周囲は花が咲き乱れてとてもきれいである。いかにも東南アジアらしい木に咲く花である。近所にお寺があり境内にも大きな木に花が咲いている。
ビエンチャンにもタクシーはいるが圧倒的にツクツクというバイクや軽トラを改造したこの車が多い。










f0032712_14314032.jpgf0032712_1432239.jpg地球の歩き方の本を読んでいたらバスで30分のところにタイとの国境にかかる友好橋があるので行くことにした。30US$をラオスの通貨キープに変えてツクツクに乗りバスセンターに行った。ツクツクは安くて便利であるが最初にしっかりと金額の交渉をする必要がある。
バスセンターに着いたら、携帯電話で韓国語をしゃべっているおばさんがいたのでバスの乗り方、降り場所を教えて貰った。バス代は4000キープだから約40円である。
バスはおんぼろでドアは閉まらない。もちろん冷房も無く汗が滝のように流れる。国境のターミナルで20US$をタイの通貨バーツに変え昼食にした。もちろん非日常だからビール付きである。
ここでツクツクをチャーターして友好橋をみに行った。橋の向こうがタイであり足の便があれば渡りたかった。
この日、レストランでアメリカ人とお喋りをした。又、4日ぶりの会話である。

f0032712_1434641.jpgf0032712_14342942.jpg昔、タイに行った時、お寺が多いのに驚いたがビエンチャンもいたるところにお寺がある。日本と違いどこも金ぴかのお寺である。
ショッピングセンターで若いお坊さんが携帯電話の品定めをしているのを見た。大乗仏教のお坊さんなら何も感じないが小乗仏教のお坊さんが必要なのかなと思った。









f0032712_14363598.jpgパリの凱旋門を模して造られたパツーサイに行った。柱からアーチに至る内壁にはモザイクが彫りこまれ、上は展望台になっておりビエンチャン市内が一望できる。ここの先にラオスでも有数の大きさをほこる黄金の仏塔があるタートルアンにも足を延ばした。
ビエンチャンは、「ちゃんの木の城壁で囲まれた町」と言う意味で樹木の多い街並みで別名「森の都」とも言われている。ベトナムと比べたら実に落ち着く町である。ワッタイ国際空港は奄美空港くらいの大きさだろうか?










シンガポール/マレーシア国境超え
f0032712_14463466.jpgf0032712_1447086.jpg最初の目的地はシンガポールである。インチョン~シンガポール直行便は高かったのでホーチミン乗換えにした。ヨーロッパでも見かけたが最近は「格安エアライン」と呼ばれる新興航空会社がある。これらの会社は、店舗を持たずインターネットでしかチケットを買えない。機内サービスもなし、手荷物も重量を超過したらしっかり追加料金を取られる。料金は片道7,500円、手荷物が7,5KGを2KG超過したので15KGまでの25US$を取られた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
シンガポールまで来たついでにマレーシアへの国境越えをすることにした。路線バスでジョホールバルのバスセンターまで行くがシンガポールを出るとき下車し出国審査を受け、再度乗車しマレーシアに入る時下車し、入国審査を受けシンガポールに戻るときはこの逆になる。
98年にタイのハート・ヤイからマレーシアに国境越えをしたから2回目である。ジョホールバルの中心部は高層ビルが立ち並んでいるがバスセンター辺りはマレーシアそのものでマレー人の女性ははイスラムのスカーフをかぶっている。
ここで昼食をとり果物屋でヤシの実を割ってもらい中の液体を飲んだ。
シンガポールに帰りブギス&アラブストリートに行きサルタン・モスクを見た。黄金のドームが印象的なイスラム寺院である。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
f0032712_1449518.jpgf0032712_14492539.jpgシンガポールと言えば昔からマーライオンが現れる。どんな所かと思っていたが再開発された湾岸エリアに新しい顔として移転したものである。東京のお台場を思い出す位で大都会を見ても感動は湧かない。
この後、アジアの代表的なショッピングスポットとして知られるオーチャード・ロードに行った。ショッピングに興味も金もない田舎の爺ツ様が長居するところではない。
シンガポールはMRTと言う郊外は地上、中心部は地下を走る電車があり路線図を持っていれば自由に動ける。ホテルは郊外にあったが苦にならない。むしろユッタリして過ごせる。
ホテルの近くの屋台街で白人の若い男女が立ち話をしていたが、良く見たら女が男の股間をズボンの上から触りながら話をしていた。こんなのは珍しいかな?
[PR]
by momodisk | 2007-05-19 09:44 | 最近の旅行 | Comments(0)

アジア

アジア
f0032712_1137202.jpg 1から15をクリックしてください

15  ミャンマー撮影旅行 (最終) 2013年4月

14  ミャンマー撮影旅行 (その3) 2013年4月

13  ミャンマー撮影旅行 (その2) 2013年4月

12  ミャンマー撮影旅行 (その1) 2013年4月

11 マレー半島、ボルネオ島 2012年4月
キャメロンハイランド、 BW、 ペナン

10 マレー半島、ボルネオ島 2012年4月
クアラルンプール、 ペナン、 タイピン

9 ぶらりアジア各国 2010年5月    ベトナム(ハノイ、ホーチミン)
    シンガポール
    マレーシア(ジョホールバル)
    ラオス(ビエンチャン)

8 ぶらりフィリッピン  2009年5月    フィリッピン(マニラ、タガイタイ)


7 バリ島結婚式ついでにスマトラへ  2008年4月
        インドネシア(バリ、ジャカルタ、ワイカンバス)


7^ 立ち寄りの台湾 2008年4月
     台北


 6 上海 鶴の湯会  2007年2月
    中国(上海)

5 虎&バードウオッチング  2000年3月
    インド(デリー、ジャイプール、アグラ)

4 万里の長城・兵馬俑  1999年7月
    中国(北京、西安、上海)
 
3 タイ・カンボジア  1998年12月
    タイ(バンコック、ソンクラー)
    カンボジア(チェムリアップ、アンコールワット)

  2 バードウオッチング香港  1996年12月
    香港(マイポ)


1 タイ・香港  1996年1月
    タイ(バンコック、カンチャナブリ)
    香港

    
  
[PR]
by momodisk | 2007-05-18 11:37 | アジア | Comments(0)

バリローチェ・ イグアスの滝

ブエノスアイレス

県は、かつて国の移住政策で中・南米に移住した県出身者の子弟を県費で1年間、留学、企業研修を受け入れている。縁があってアルゼンチンからの森マルセーラという研修生を知ることになった。
彼女のおじさんが県人会の役員をしているとのことだった。いざとなったら駆け込み寺になってもらえるので安心していくことになった。彼女は、私が出発する5日前に帰国した。
今度の目的地は、アルゼンチンの留学生のマクシミリアーノ・サラの出身地のバリローチェとアルゼンチン、ブラジル、パラグアイの3カ国の国境にある世界一のイグアスの滝を見ることである。
コースは成田~ニューヨーク~ブエノスアイレスである。2区間とも飛行時間は13~14時間である。我が家の玄関からブエノスのエセイサ空港まで待ち時間も含め44時間かかった。

f0032712_1273039.jpgNYからブエノスまでは直行でアルゼンチン航空である。飛行機に乗るときマイアミでなんとかと言っていたが理解できない。飛行機はガラ空きでユックリできた。
機内放送でなにか言っているが理解できない。マイアミに着陸した。乗客はレストランに連れて行かれた。どうやら無料らしい。
前に並んでいた若者に同席しようと声をかけたら後ろにいたおじさんが俺も加えてくれと言ってきた。座って話を聞いたら、乗客が少ないのでマイアミからの乗客を乗せて飛ぶとの事で4時間後の出発とのことである。日本では信じられないことだが、こちらではよくある事らしい。若者はパキスタン系のナジ、おじさんはイタリア系のカルメーロという名前のアメリカ人だった。3人で無料のビールで宴会をした。陽気な連中である。



f0032712_19312132.jpgf0032712_19315078.jpgエセイサ空港には、一足先に帰ったマルセーラとおじさんの田上英昭さんが迎えに来てくださった。その日は予約したホテルに泊まったが翌日からは田上さんの家に居候することにした。
アルゼンチンと言えばイコール「タンゴ」と思うのは私だけだろうか?ホテルを出たら近くに日本料理屋があり、寿司を食べていたら日本人の客がいて話をしていたらタンゴのショーを見に行こうということになった。現地で見る本物タンゴは、迫力がある。難しそうなダンスである。



f0032712_19374433.jpg翌日は、田上さん達から市内見物をさせていただいた。タンゴの発祥地ボカ地区にも行った。タンゴは労働者たちの母国を思う歌である。
ブエノスアイレスは、南米のパリと呼ばれるだけあってヨーロッパを感じさせる都市である。
フロリダ通りでは、「地球の歩きかた」にも載っていた手漕ぎオルガンのおじさんがいた。








f0032712_19395271.jpg
f0032712_1940392.jpg田上さんのお宅は敷地が2,000坪ほどあり鉢物の生産販売をしておられる。この日は、県人会で私の歓迎会をしてくださった。中庭の一角にはアサードを焼くところもある。本では見ていて知っていたがはじめてみるアサードにはビックリした。牛のアバラを骨ごとや焼くもので豪快である。
アサードの他にも沢山のご馳走がでた。牛の血で作ったソーセージは、流石に無理だった。




f0032712_19425786.jpg
f0032712_19432769.jpg
田上さんのお宅は、日本では考えられないくらい大きい。トイレが12箇所、バス付の部屋が4室ある。私の部屋もバス、トイレ付である。最早、客間ではない。
リビングの大理石のカウンターは11メートルある。
パーティは従業員の休憩室も兼ねた、20坪程の部屋で行われた。






バリローチェ

f0032712_19455989.jpgサン・カルロス・バリローチェは、ブエノスから約1700Km、標高770Mのナウエル・ウアピ国立公園に指定されている。19世紀の終わりにスイス人が移民して作った町で、「南米のスイス」と言われている。
パタゴニア地方に位置し、ナウエル・ウアピ湖、カテドラル山をはじめとする2,000~3,000Mの山々を見上げる美しいところである。
ホテルのレストランでは、英語が通じずスペイン語も話せるおばあちゃんに助けてもらった。







f0032712_19514980.jpg湖の遊覧船に乗った。
乗客の女子高校生のグループが話しかけてくる。英語をしゃべりたいのだろう。そういえば、この船には黒人も東洋人もいない。珍しい毛色の人間が乗っていると思ったのだろう。
男の子が近づいて来た。お構いなしにスペイン語で話しかけてくる。名前を聞いたらフーゴと言った。
写真を撮るときいつの間にか入ってきてポーズをとっている。面白い子である。
ここでメガネを忘れてきた。






f0032712_19542439.jpg湖の中にある島に着いた。この島にはレストランがある。泳いでいる人がいてフーゴも泳いだが水が冷たく寒いのですぐ上がってきた。
フーゴは、お母さんとお婆さんとの3人出来ていた。お母さんが英語を話せるので一緒に行動した。
ここには、日本人の観光客が一人いた。
フーゴは、私から離れない。







イグアス
f0032712_2005964.jpgバリローチェからブエノスへ帰り、田上さんのお宅に泊まり、翌日、プエルト・イグアス空港に向かった。
空港でタクシーを拾いホテルへ向かった。このタクシーを、この日、翌日とチャーターした。
イグアスは幅4KM,最大落差80M,毎秒6万5千トンの水量を誇る世界最大の滝である。なるほど、この滝をみるとナイアガラは小さい。
この滝は、全貌を一望できないスケールである。








f0032712_2024069.jpg
f0032712_203427.jpg川幅が広く、あちこちに島があり、小さな橋を渡りながら見物していく。ここには、アナグマや大きなトカゲもたくさん見かけた。川は茶色に濁っているが落ちるところで白に変わる。
翌日は、ブラジルに泊まりブラジル側から見ることにした。
何も考えずにタクシーに乗っていたら、国境の入国審査場があった。入国審査は空港でしかしたことがなく道路で国境を越えるのは初めてある。
書類を記入するのにメガネはない。ルーペで覗きながら苦労していたら係官がサインだけしなさいと言ってくれた。


f0032712_2044224.jpgイグアスからブエノスへ帰り、みたび田上英昭さんのお宅にお世話になった。
日本へ帰る前日はブエノス郊外のティグレを案内していただいた。川の中州に別荘が建っている。のんびりくつろげる良いところである。
田上さんには本当にお世話になった。他人のような気がしない。自分が親切にされたらその人にお返しをするのではなく又、別な人に自分がしてあげれば良いと言う話をした。
[PR]
by momodisk | 2007-05-17 12:04 | Comments(0)

地の果て ウシュアイア・ペリトモレノ

アルゼンチン・ウルグアイ
f0032712_10411436.jpg県費留学生として鹿児島大学に1年間留学していたフリアンからペリトモレノ氷河の素晴らしさを聞いていた。
ついでに、南米大陸の最南端フェゴ島のウシュアイアまで足を延ばすことにした。
5年間のうちに何人かの留学生が来ていたので彼らにも会いたかったので5年ぶり2回目のアルゼンチン旅行をすることにした。
ルートは、成田~ニューヨーク~ブエノスアイレスである。このルートが一番安くて近い。成田ニューヨーク間は、13~14時間、料金は48,000円。ニューヨーク・ブエノスアイレス間も13~14時間料金は68,000円である。(もちろん往復料金)






f0032712_10431427.jpg着いた日は、田上さんの子供たち、これまでに鹿児島に留学した者、これから留学予定の者、大勢の若者が、マルデルプラタ市やキャピタルフェデラルではないほうのブエノスアイレス市を案内してくれた。
キリメスと言うビール工場の併設レストランでビールを飲みながらの食事は楽しくて美味しかった。
マルデルプラタの博物館は圧巻だった。


上は、ラプラタ川のほとり



下は、マルセーラとクラウディアと教会の前で撮った写真













f0032712_10474350.jpg前回同様、アルゼンチン鹿児島県人会の田上
さんの家に泊めていただいた。
バストイレ付の部屋が4室、リビングの大理石
のテーブルの長さが12メートルと言うようなお宅である。県人会の皆さんが歓迎会を開いてくださった。
ペリトモレノ氷河があるカラファテは、ブエノスアイレスら南へ飛行機で5時間位かかるところにある。
カラファテやウシュアイアのホテル、ブエノス~カラファテ~ウシュアイア~ブエノス間の国内線チケット30,000円は、シルビアのおじさんが旅行社をしているのでEメールで連絡を取り手配してもらった。







f0032712_10501346.jpgカラファテからペリトモレノ氷河へは、現地発ツアーを手配してもらった。バスで2時間の距離にある。
ホテルに着いたとき疲れていたので寝た。芽が覚めて朝食を取り、迎えのバスを待っていたが来ない。バス会社に電話したら明日の朝、行きますとの返事だった。なんと夕方と朝とを間違えたのだった。
ホテルには、カタリーナと言う名前の可愛い娘がいて英語で話し相手をしてくれた。別れるときは抱き合って頬にキスする挨拶をした。日本でも若い娘に限ってこのような挨拶をしたいものだ。









f0032712_10563924.jpgカラファテには、アルゼンチン湖という名前の湖があり野鳥も沢山いた。頭部が茶色のソリハシシギが珍しい。
カナダディアンロッキーの氷河を見て以来2回目の氷河見物である。ここはロキー山脈ではなくアンデス山脈である。
幅は、5KM,高さは60Mから高いところで100Mとのこと。








f0032712_10585062.jpg
f0032712_1113322.jpg
氷河は青白く輝いている。谷間には轟音とともに湖に崩れ落ちる姿があちらこちらに見える。
数万年前の氷が水に戻ろうとする瞬間である。
カナディアンろっきーのコロンビア大氷河より遥かに神秘的である。

ツアーには、ボートも付いていて水面から真近に見ることも出来る。
目の前で崩れると迫力がある。
この後、谷の上から見下ろす場所にも行ったが、雨が降り出し写真が取れなかった。


f0032712_1118015.jpgカラファテから飛行機で2時間でウシュアイアに着く。もうそろそろかなと思っていたら機首を下に向け急降下し始めた。一瞬、墜落が脳裏を掠めたが周囲は平然としている。着陸してから周囲を眺めたら空港は山脈に囲まれていた。だんだんに高度を下げられないのである。
世界最南端の町は雰囲気がある。
ティエラ デル フェゴ公園は本当に美しかった。
大きな刑務所跡が博物館になっていた。昔、犯罪者はここで森林伐採作業をさせられていたそうである。








f0032712_11201967.jpg
f0032712_11204933.jpg町をブラブラ歩いていたら、港に観光遊覧船があるのに気づいた。タクラマカン(双胴船)でビーグル水道を巡るものである。あちこちの岩場にはアザラシが寝そべっている。お母さんに寄りかかって寝ている赤ちゃんアザラシが可愛い。
岩場にペンギンの大群が見える。飛んでいるのもいる。ペンギンが飛ぶはずはない。近寄ったらお腹の白い鵜であった。
ここ、ウシュアイアは、南極観光クルーズ船の基地である。いつか南極観光をすることがあるだろうか?


f0032712_11263838.jpgアルゼンチン・ウルグアイ3
ホテルは、ビーグル水道が見えるコテージだった。従業員のお姉さんからティエラ デル フエゴ公園のツアーがあると聞いたので行くことにした。
公園内は、この世のだろうかと思うくらいどこも美しい風景だった。




ウシュアイアの大自然を堪能しブエノスアイレスに帰った。





f0032712_11293420.jpg
f0032712_11295678.jpgブエノスでは、フリアンのお母さん、マリア、クラウディア、マルセーラがラプラタ川の対岸、ウルグアイのコロニアに遊びに連れて行ってくれた。ラプラタ川はアルゼンチンとウルグアイの国境であり川幅は50KM余り。
船で国境を越えたのは始めてである。
コロニアは世界歴史遺産に登録されているところで、かつてスペインとポルトガルから交互に支配されたところ__で両方の文化が見られるそうである。

今と、昔の娘さん4人とコロニアの町を散策した。昼食は、川の畔のレストランでビールを飲みながら2時間を費やした。こちらでは時間の使い方が日本と異なる。
日本では2月であるが、南半球のこちらは夏である。足が痒いので良く見たら日本で冬眠していた水虫が目覚めていた。


f0032712_1133683.jpg田上さんの家の庭は広く、プロだけあって手入れが行き届いている。マルセーラは日本舞踊をするのでお土産には浴衣を持って行った。











f0032712_11344966.jpg帰国の日、フリアンの家で昼食のあと、皆で町に遊びに行った。初めて地下鉄にも乗った。1号線は、木製の椅子で扉も自動ではない。車体の揺れで自動的にしまる。
町では、いろいろな大道芸人がいる。アルゼンチンタンゴを見ることも出来た。




余談 (珍しい体験)
ブエノスアイレスからニューヨークに到着直前、急に腹痛をもよおしトイレに行きたくなった。しかし、ターミナルビルまではもちそうもない。意を決し飛行機のトイレに駆け込んだ。
用を足し水を流したその時、飛行機はトンと着陸した。世界中に旅行者多しと言えどもトイレで着陸したのは多分、私一人ではなかろうか?シートベルトは不要である。


(旅のエッセイ) 喜びと悲しみ

縁があって、アルゼンチン鹿児島県人会母県連絡所をしている関係で、県費留学生・研修生の彼らが、我が家にいろいろな国の若者を連れて遊びにやってくる。
 留学生だったフリアンからカラファテにあるペリトモレノ氷河の素晴らしさを聞いていたので行くことにした。ついでだから、マゼラン海峡とビーグル水道に挟まれた世界最南端の町ウシュアイアにも行くことにした。5年ぶり2回目の南米旅行である。
 交通費は、鹿児島―羽田間25,000円、成田―ニューヨーク間48,000円、ニューヨーク―ブエノスアイレス間68,000円で往復合計141,000円、それにアルゼンチン国内線が30,000円である。
 県人会役員の知人宅にお世話になり、そこからカラファテへ向かった。ホテルには英語を話せるウエイトレスがいて、彼女が食事の度に相手をしてくれた。カタリーナと言う名の可愛い娘である。帰る前夜、翌朝帰る旨話したら、彼女はいないと言うことで抱き合って頬にキスをして別れの挨拶をした。若い娘に限って日本でもこうしたいものだ。
 ペリトモレノ氷河はカラファテから2時間の距離である。氷河の全長は約35キロ、先端(氷河と川の境目)の幅は約5キロ、高さは60メートル程である。
最初、船から氷河の先端に近づいた。青白く輝く氷河は息をのむほど美しい。あちこちで轟音と共に氷河が崩れ落ち川に流れていく。
 次の展望台から見渡す氷河は、船から見上げるよりも迫力がある。谷間には轟音が轟き渡り静寂は訪れない。カナディアン・ロッキーのコロンビア氷河より素晴らしい。
 カラファテからウシュアイア迄は1時間余りである。もうそろそろかと思い外を見たら山脈の上を飛んでいる。突然、飛行機は機首を下げ急降下を始めた。「墜落」「不時着」の文字が頭をかすめたが無事、着陸した。空港から周囲を見渡したら山脈に囲まれている。その為にだんだんに高度を下げられないのであった。
 ウシュアイアのホテルは森の木々の間にビーグル水道が望める眺めの良いところにあった。ここでカタマランに乗りアザラシの生息地を見に行き4種類を見ることができた。岩場にペンギンの群れが見える。近づいてよく見たら腹の白い「鵜」であった。
 翌日は、ティエラ・デル・フェゴ国立公園や、世界の果て博物館、昔の刑務所を改装して作った船舶記念館などを見物した。世界の名だたる海難事故の名所、マゼラン海峡、ビーグル水道、ホーン岬の記録が展示されていた。
 ブエノスアイレスの知人宅は、私の部屋も含めバス・トイレ付きの部屋が4室ある。リビングの大理石のカウンターが11メートルあるようなお宅である。ここで県人会の皆さんが歓迎パーティを開いてくださった。
 帰国の前日、フリアンのお母さん、知人の娘さん、県費留学生に来ていた女性、今と昔の娘さん4人の女性がウルグアイのコロニアに連れて行ってくれた。ラ・プラタ川を挟んだブエノスアイレスの対岸に位置しているコロニアは、世界歴史遺産に登録されたところで、かつてスペインとポルトガルが支配を繰り返したところで両国の文明が見られる。
 ここで4人とビールを飲んだり、お喋りしたり、2時間かけての昼食を摂った。昼食に2時間かけるのは日本では考えられないが、こちらでは珍しくない。
 
東京での後泊があったので自宅に電話をいれた。悲しい知らせが待っていた。実の娘のようにしている韓国人の娘の彼氏が急死していた。近いうちに式を挙げさせたいと思っていたので愕然とした。彼女は、明日、韓国へ帰るという。私が鹿児島に到着した後の時間である。一人、夕食を摂りながら泣けてきた。
 翌日、鹿児島空港で会ったが慰めの言葉も出ない。
自宅に帰り着きダレヤメをしていたら、友人の娘から電話があった。「おじちゃん、疲れてなかったら明日、遊びに来ませんか?」とのことであった。ピンと来たので「結婚のこと?」と聞いた。友人とも飲みたかったので貰い物の日本酒を提げて行った。
次の旅行先が確定した。5月中旬、ハワイである。彼女の結婚式のために。
aaaa

 悲しみと喜び。変化が大きすぎる。  2003年2月
[PR]
by momodisk | 2007-05-16 10:41 | Comments(0)

南アメリカ

  f0032712_1695196.jpg


15 田上さん宅  アルゼンチン  2012年9月

14 再会と別れ  アルゼンチン  2012年9月

13 ティグレ、 ボカ  アルゼンチン  2012年9月

12 クスコ ペルー  2012年9月

11 ナスカの地上絵 ペルー  2012年9月

10 リマ ペルー  2012年9月

9 消えたマチュピチュ ペルー  2012年9月

8 ウリベラリア アルゼンチン  2012年9月

7 パラグアイ アスンシオン  2012年9月

6 木造車両  2012年9月

5 チリ サンチャゴ  2012年9月
 

4 鹿児島県人会100周年 式典  2012年8月
 

  3 3回目の南米 到着  2012年8月
 
   
  2  地の果てウシュアイア・ ペリトモレノ  2003年2月
  アルゼンチン(ブエノスアイレス、カラファテ、ウシュアイア)
  ウルグアイ(コロニア)


    1 バリローチェ・ イグアス滝  1998年2月
  アルゼンチン(ブエノスアイレス、バリローチェ)
  ブラジル(イグアス)
 
[PR]
by momodisk | 2007-05-13 14:57 | 南アメリカ | Comments(0)

カナディアンロッキー・アメリカ

美しさも、感動も、ケタはずれ。カナディアンロッキー、ナイアガラ、グランドキャニオン(オプション)のアメリカ大陸3大絶景とニューヨーク、ロサンゼルスへというツアーだった。
料金は、328,000円(一人部屋追加料金56,000円)。これにオプションのグランドキャニオンの日帰り観光が360ドル、カナダのCNタワーのロブスターディナーが110ドル、ニューヨークのマンハッタンディナークーズが170ドル。格安旅行を覚えた今から考えると高い。こんな金額では行く気がしない。しかし、盛りだくさんと言えば盛りだくさんな見所の行程である。
今は、成田~ニューヨークの格安航空券は、安い時期なら4万円台(往復)で買える。

f0032712_13153867.jpgf0032712_13155663.jpg福岡~羽田~成田へと、そしてロサンゼルスに着いた。ハリウッド、ビバリーヒルズ、マリーナ・デル・レイと太陽と自然に恵まれた陽気な町ロサンゼルスを見た。
フリーウエイ沿いに咲く夾竹桃がきれい。フリーウエイの橋脚工事で木製の支保工を足につけた爪で登っていくのを見かけた。日本では鉄パイプで足場がある。
ホテルはアナハイムで、一人でディズニーランドに出かけた。つまらない。子供なら喜ぶのであろう。






f0032712_1318643.jpgロスからグランドキャニオンは1時間半くらいで行く。北米大陸を南北に走るロッキー山脈のコロラド川の上流にある。
小型機からも陸上からもその迫力は凄い。日本では想像もつかない風景である。






f0032712_13202080.jpgf0032712_13204333.jpgロスを発ち空路カルガリーへ。ここからカナディアン ロッキーの起点バンフへ向かう。渓谷を流れる川も、万年雪をかぶったロッキー山脈も、この世のものとは思えないほど美しい。









f0032712_13232714.jpg
f0032712_13241083.jpg
f0032712_13242487.jpg世界10大絶景のひとつ、レイクルイーズは湖面にロッキーの山々が映し出され本当に息をのむ美しさだった。正面には氷河が見える。
水の色は白っぽいグリーン。昔、入浴剤にムトウ ハップというのがあったがあの色である。

コロンビア大氷河に行った。生まれて始めて見る氷河に感動した。
北半球最大を誇るコロンビア大氷原。氷河期にカナディアン ロッキーの山々を削り、創造した姿を今にとどめる。




f0032712_1326481.jpg次の見どころナイアガラの滝を見るために、カルガリーからトロントへ飛んだ。
トロントは、5大湖のオンタリオ湖岸に開けたカナダ・ナンバーワンの大都市である。
トロントでは、市内見物の後、オプショナル ツアーのCNタワーのレストランに行った。オプショナルのロブスターのディナーだが美味しくない。天草から参加したおば様たち(昔の娘さん)、三人組も伊勢海老のほうがはるかに美味しいと言っていた。

ビルの谷間をカモメが飛び回っているのにはビックリした。

ナイアガラの滝は、オンタリオ湖(カナダ側)が下流のエリー湖(アメリカ側)に流れる落差にある。

オット! 嘘! 逆である。





f0032712_13301342.jpgf0032712_13304195.jpgエリー湖から流れるナイアガラ川は、中州のゴート島で2分され馬蹄形型のカナダ滝と、アメリカ滝と別々に一望できる。カナダ滝の方が(落差52メートル、幅675メートル)アメリカ滝よりも雄大で人気もある。
「霧の乙女号」から見上げるとその驚異に圧倒される。



f0032712_13341677.jpgf0032712_13343397.jpgトロントから最後の見どころニューヨークへ飛んだ。
世界で最も有名な町 ニューヨークである。昔、英語を勉強している頃、このフレーズを聴くだけで胸が高まった時期があった。
このツアーは、かの有名な世界貿易センタービル(ツイン タワー ビル)ではなく、ナントかって有名なエンパイア ステートビルに連れて行ってくれた。でも眺めは素晴らしい。
同時多発テロで壊されたツイン タワーも目の前に見える。






f0032712_13384380.jpgf0032712_13391341.jpgニューヨークの市内見物をした。途中、お腹の具合が悪くなり国連ビルの中で用を足した。これも記念。
ウオール街や港で大道芸人のボーカルを聞いた。よくハモっている。
ついた夜、5番街を一人散歩した。あきらかにコールガールと思しき女性もいて何となくスリリングと言うかゾクゾクする雰囲気がある。







f0032712_13415195.jpg自由時間に出発前から調べていたセントラル パークに歩いて行ったり、タクシーでメトロポリタン美術館に行った。。

天草から参加した昔の娘さん達のガイドもすることになった。翌年、妻と二人で彼女たちを訪ね天草に行った。泊めて貰ったり楽しく遊んだ。

マンハッタン ディナークルーズ。これは、もう最高である。夜景は昼のように明るく人工物でこんなにきれいな物はないだろう。ハドソン川からイーストリバーへ回るマンハッタンである。
[PR]
by momodisk | 2007-05-13 13:13 | Comments(0)

娘たちのカナダ

大学生の企業研修で鹿児島に1年間いた時、よく我が家に遊びに来ていたカナダ人の娘ケリー。
それに、鹿児島県の国際交流員を終えてカナダに語学留学をしている韓国人の娘ヨンイ。
二人の娘に逢うためにカナダに行くことにした。航空券は、夏休みの為高く、鹿児島~名古屋~
バンクーバー間が往復で約15万円であった。

f0032712_11114878.jpgケリーはバンクーバーがあるビクトリア州の首都
ビクトリアに両親と住んでいる。
バンクーバーの空港まで迎えに来てくれた。
彼女がヨーロッパ旅行で知り合ったポーランドの青年も遊びに来ていた。









f0032712_11142058.jpg3人でバンクーバー市内を見物した。水族館や公園等を見て周った。港にはオットセイが寝そべっていた。何か騒音がすると思ったら水上飛行機が飛び回っている。











f0032712_11184886.jpgバンクーバーからビクトリアまではフエリーで渡った。市内から発着場までは遠く、タクシーで1時間少しかかるがナント料金は3,000円程度でビックリした。フェリーは2時間くらいである。
ケリーの家にホームステイである。










f0032712_11205490.jpgケリーの家は大きい。敷地も500坪は越えるだ
ろう。近所に住む姉も訪ねてきて家族から歓待
された。
翌日は、ビクトリア市内を案内してくれた。









f0032712_11224533.jpgビクトリアには、世界的にも有名なブッチャートガーデンがある。とても広くて綺麗である。ケリーの顔よりも大き
いダリアの花も咲いていた。
ビクトリアからバンクーバーへの帰りは、水上飛行機に乗った。30分くらいである。滑走路が海だから空港の整備費は要らない。









f0032712_11241368.jpgヨンイが住んでいるウイニペグは、アメリカとカナダの国境線近くで大陸の中間地点にある。
バンクーバーから飛行機で3時間、国内で時差が2時間ある。
ヨンイが下宿しているマイクの家で夕食をした。名前は忘れたが可愛い女の子がいた。
庭にはリンゴがなっていた。
平屋の住宅かと思ったら総地下1階であった。寒い所なので熱効率が良い









f0032712_1125545.jpgヨンイでもいないとウイニペグ辺りには来ないだろう観光地でもないし。

ところで、バンクーバーのレストランには当然にはビールは置いていない。置いてあるレストランを探すかバーに行くことになる。









f0032712_1128098.jpgウイニペグは、大平原である。山は見えない。マニトバ州立大学には、大勢の韓国人が留学している。
ある日は、彼らと湖にハイキングに行った。魚釣りやバーベキューをして楽しんだ。











「旅のエッセイ」娘たちのカナダ
縁があって、カナダ人の女子大生を知ることになった。
 鹿児島にいた1年間、よく我が家に遊びに来て家内から日本の家庭料理と習字を習っていた。大柄な白人の美人で我々は、「わがまま姫ケリーちゃん」と呼んでいた。
 今、バンクーバーの近くの州都ビクトリアに住んでいる。
 もう一人、実の娘のようにしているヨンイという名のスタイルの良い典型的な韓国美人がいる。今、彼女は国際交流員を終え、カナダのウイニペグに語学留学をしている。
 この夏休み、二人の娘に会いにカナダへ行ってきた。いつもの中年バックパッカーの一人旅である。(鹿児島―名古屋―バンクーバー往復 約15万円)
 カナダ到着の日は、ケリーの家に泊まった。500坪程の敷地で大きな家に両親と住んでいる。近所に住む姉も来て歓迎してくれた。
 夜中に目が覚め、眠れずに悶々としていた。すると突然、耳の穴に虫が飛び込んできて羽ばたいている。パニックに陥った。
 ケリーを起こし、つま楊枝を持ってきてもらい穿ったが出てこない。ケリーに耳を当てさせて音を聞いてもらったが聞こえないという。今度は小さな紙をメガホンのようにして吸ってもらったが出てこない。耳に水を入れて溺れ死にさせて出したらどうかと言うのでそうしたが出てこない。ようやく羽ばたきをしなくなったので寝ることにした。
それにしても、ケリーのホットパンツ姿にはドキッとした。そして眩しかった。若い娘は良い。
 翌日は、小型の水上飛行機でバンクーバーへ向かった。滑走路が海である。
 次は、ウイニペグ行である。ウイニペグは、アメリカとカナダの国境に近く大陸の中間付近にある。国内でバンクーバーと2時間の時差があり、飛行機で3時間かかる。
 滞在のある日、ヨンイの韓国人の留学生仲間と湖にピクニックに行った。バーベキューパーティはとても楽しかった。
 ピクニックを終え帰途についた。山も丘もない大平原、行けども行けども風景の変わらないフリーウエイを走っていたら、だんだん暗くなって雨が降り出した。そして、激しい稲光と雷の音。大平原の稲光と雷は初めて体験するもの凄い迫力である。
 そのうち、台風のような大嵐になり、おまけに雹まで降ってきて前が全く見えなくなり車は動けなくなった。
雹でフロントガラスが割れるのではないかと思うくらいの降りである。もし、割れたらこの大嵐では車の中も危ない。恐怖が走った。ウイニペグに帰れないのではと思った。
恐怖の中に身を潜ませているうちに雹が止み、嵐が収まってきた。しばらくすると大平原の彼方から少しずつ明るくなり始めた。
すると、闇の中からボーツと夕日が現れ、幻想的な雰囲気に変わってきた。そのうち、だんだん明るくなり今度は美しい夕焼けの中に、大きな夕日がポッカリと浮かんできた。なんと表現のしようもない美しさに、車の中の皆も息をのみ見とれていた。
このようなロケーションで、この風景、二度と体験することはないであろう。
鹿児島へ帰ってきた。あくびをすると耳の中でガサッと音がする。耳鼻科に行って診てもらった。耳の穴から穴の直径と同じくらいの大きさの虫が出てきた。懐中電灯で照らしても彼は穴の中でUターン出来なかったのである。  2002年8月
[PR]
by momodisk | 2007-05-12 11:13 | Comments(0)

結婚式&キラウエア火山

f0032712_16481880.jpg友人の幸ちゃんの娘、あきちゃんがハワイで結婚式を挙げることになった。
夫婦と息子、それに自分の4人で行くことにした。インターネットで福岡発の航空券とハワイの空港とホテルの送迎がついた安いツアーを申し込んだ。
ホテルは、インターネットでツインで1泊9千円を予約した。2人で泊まるから1人4千5百円になる。

世の中は、新型肺炎サーズに怯えている。乗客が少なく、まとめる為、福岡発が名古屋発になった。
因みに帰りは、成田着になった。成田~羽田のリムジンバス料金、羽田~福岡間の航空券は航空会社の負担である。






f0032712_16492154.jpg映画やTVでしか見たことのないワイキキの浜辺、ダイヤモンドヘッドである。

夜はディナークルーズに乗った。船内では、ウクレレの講習、フラダンスの講習、魚釣りなど退屈しない。ご馳走は大したことはない。










f0032712_16512790.jpgf0032712_16515156.jpg海から見るホノルルの眺め。
夕日も夜景もきれいだった。



ホテルの前の広場で楽団が演奏をしていた。
見ていた黒人のおばちゃんが踊りだした。







f0032712_16541228.jpg現地でツアーを申し込んだ。昼ご飯の弁当とダイアモンドヘッド、ハナウマ湾の海水浴を案内してくれるものである。。
ダイヤモンドヘッドに登った。ここは霧島の韓国岳と同じ噴火口の縁である。登山は約30分。
ここからのホノルルの眺めは最高である。









f0032712_16562977.jpgハナウマ湾で泳いだ。
熱帯魚が泳いでいる。名瀬の大浜海岸を思い出した。少し水が冷たい。











f0032712_1658596.jpgあきちゃん達は、結婚式のパックツアーを申し込んでいた。航空券、ホテル、リムジンカー、結婚式、衣装等がパックされている。
結婚式は小さな教会で行われた。とてもきれいな所である。木陰にはブランコがあり、歌手のお姉さんが乗っている。
牧師さんは、以前、海軍にいた時、横須賀にいたと言っていた。








f0032712_17102632.jpgあきちゃんは、きれいなお嫁さんになっていた。
式は、厳かに行われた。オルガン奏者もおり、歌手、身の回りの手伝いをしてくれる人もついている。
新郎のお母さん、妹は感激して涙していた。










f0032712_17114265.jpgあきちゃん達のツアーにリムジンカーが付いていたので、幸ちゃんが自分たちにもリムジンカーをチャーターした。3時間で210ドルである。タクシー2台に分乗し、往復することを考えると大して高くはない。
生まれて初めて乗ってみた。
快適である。









f0032712_17133573.jpg結婚式の翌日、キラウエア火山を見るためハワイ島へ飛んだ。
空港で68ドルでレンタカーを借りた。
日本と反対の走行で最初は少し不安だったがすぐ馴れた。走り初めて5分も立たないうちに警察官に止められた。自分が右折車線でないところから右折したので捕まったと思ったら、助手席に座っていた人がシートベルトをしていないため捕まった。その人は77ドルの罰金を支払った。(さて、誰でしょう)









f0032712_17145770.jpgf0032712_17152040.jpgキラウエア火山を空から見るためにインターネットやEメールで軽飛行機を予約したいた。3人しか乗れないので2回に分けて飛んだ。空席はただで乗せてくれた。一人89ドルの料金である。
空から見るキラウエア火山は凄い。あちらこちらで煙が立っている。赤いマグマが見えた。見渡すがぎり平地の火山である。この面積は桜島の何倍だろうか?
飛行機を降り、今度は車で陸地からの火山見物をした。ビールを飲むので運転は大地君に代わった。

オアフ島に戻り、空港からホノルルの町まで今度は路線バスに乗った。リムジンとはえらい違いである。
[PR]
by momodisk | 2007-05-11 16:49 | Comments(0)