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その24 統一展望台とアカショービン

f0032712_16592641.jpgf0032712_1701519.jpgこの駅は、KTR(韓国鉄道)が、何時の日かTSR(シベリア鉄道)、TCR(中国鉄道)と繋がったときの大陸に向かう出発点の駅として作られた立派な駅である。(発想と言うか、思想が素晴らしい! 現実問題は別として?)。 黒人の女性がポーズをとってくれる。




f0032712_172927.jpg下宿から1時間15分かけてイムジンガン駅(国内)に行き、そこでDMZ内にある寅さん駅に乗り換えた。
ここからのツアーは、11,200ウオンで北朝鮮が掘った南進第三トンネルとトラサン統一展望台から北朝鮮のケソンを見るツアーである。(トンネル入り口)





f0032712_1735796.jpg以前、鉄原で第二トンネルを見たときは興奮したが今は、驚かない。
ところが、統一展望台に行きデジカメで北朝鮮を撮っていたら、迷彩色の服を着た兵士から「撮影禁止です」と言われ写っていた写真を削除された。普通なら動転するところだがその兵士は、完璧な日本語を話すではないか?こっちの方に驚いた。(多分、韓国籍の在日韓国人?)


バスに向かって歩いていたら、ナント!アカショウビンの声が聞こえるではないか?一瞬、耳を疑った!林の中を探していたら目の前の駐車場を横切って飛んでいった。(写真はHPから借用)韓国に来てアカショウビンを見られるとは思いもしなかった。もう最高!興奮した。今日も一人旅。楽しい一日だった。
3時過ぎ下宿に帰り着いた。軽い日射病か?頭がちょっと重い。少し昼寝をしてから7時過ぎまで勉強をしてマーケットに寿司を買いに行った。
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by momodisk | 2007-06-27 10:30 | Comments(0)

海・ヘリコプター・美人

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福岡発ソウル経由でブリスベーンへ飛び、ゴールドコースト、シドニーを見物した後、ニュージーランドのオークランドから帰るツアーである。料金は、198,000円。

ブリスベーンは、オーストラリア第3の都市で、市内見物とローパイン コアラパークに行った。その後、バスでゴールドコーストへっ向かった。

ペリカンが野鳥として空を飛んでいるのを見た。




ブリスベーンで最も古い教会





f0032712_15504261.jpgゴールドコーストでは、ホテルはコンドミニアムだった。コンドミニアムは、初めてである。
こんな広い所は初めて。コンドミニアムが滞在型の住宅形式になっているとは知らなかった。
電気が200ボルトなのでお湯がすぐ沸く。ポットの電源がすぐ切れるので最初は故障かと思ったほど



f0032712_15523668.jpgゴールドコーストは、ムービーワールドというテーマパークを1日堪能するとの事だったので皆と一緒に行動するのは止めた。
一人で、あちらこちらを見て周った。
ツアーで行ってもその日に移動がなければ自由行動をすることにしている。
ウオーターフロントの辺りをブラブラしていたら遊覧ヘリコプターの発着場が目に付いた。
料金を聞き、乗せてくれと言ったら客が二人集まらなければダメと言われた。



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30分位待っていたが誰も来ないので二人分払うから乗せてくれとくれと言ったら喜んで乗せてくれ、時間もサービスしてくれた。説明も良くしてくれた。
生まれてはじめて乗るヘリコプターである。
ゴールドコーストの美しい海や周りの山がきれいに見えた。


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ゴールドコーストを発つ前にカランビン サンクチュアリに行った。色鮮やかなオームの仲間の鳥が沢山いて、餌付けもしている。
この後、シドニーへ飛んだ。


f0032712_15581595.jpgシドニーと言えばオペラハウスの建物が有名である。ハーバーブリッジや旧市街、ロックスなどを見物した。










f0032712_1603632.jpg シドニーでは、シドニー湾ナイトクルーズがあった。ニューヨークのマンハッタンクルーズは、夜景が昼のように明るくきれいだったが、それに比べればこのクルーズの夜景は実に暗い。
しかし、船内のショーは楽しかった。
この写真を見て楽しくないと思う人はいないと思う。日本に生まれてこの方数十年、周りにこのような体形の女性はいなかった。

f0032712_1623096.jpgどこのおじさんか知らないがとても嬉しそうな顔をしている。
これを、幸せと言わず何を幸せと言うか?











f0032712_1642485.jpgニュージランドでは、オークランドからロトルアへ行った。
独特の文化を持つ先住民族マオリ族の生活がある。
ここは、又、活発な火山活動による随所に噴出す熱気や温泉がある大地熱地帯である。ポフツ間欠泉と呼ばれている。
私が、いつも外国人を連れて行く栗の岳温泉を思い出す。もちろんここの規模は大きい。







f0032712_1682435.jpg最後の見所は、世界8番目の不思議と言われるワイトモ鍾乳洞である。

洞窟内は小型のボートに乗り、何世紀もの時を経て形成された鍾乳洞の中で、満天の星空のような青白い光を見ることが出来る。
これは日本のホタルとは無関係の虫の「土ホタル」が放つ光である。
とても幻想的であった。









f0032712_16101460.jpgf0032712_16111645.jpgニュージーランドでは牧場の見学もあった。
レイホン ファームでは犬が飼い主の指示により沢山の羊を自由に動かし小屋に誘導するなどの芸を見せてくれた。
羊の毛を刈るショウや羊の子供と人間の子供のスキンシップなど楽しい時間を過ごした。



オークランドでもツアーの皆と別れ自由行動をした。一人でオークランド動物園に行った。
東洋人の入園者は見かけない。
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by momodisk | 2007-06-27 06:30 | Comments(0)

父と韓国の旅

f0032712_16111950.jpg日本帝国が朝鮮半島等を植民地として統治していた頃、
父は、今の韓国で警察官をしていた。第二次世界大戦で敗北し引き上げてきた。
子供の頃、よく朝鮮の話を聞かされた。父は、当時の韓国人の同僚と文通を続けていた。1昨年父も一緒にヨーロッパに行く予定だったが体調を崩し行けなかった。








f0032712_16142886.jpgそこで、父を連れ昔の同僚、朴さんに会いに行くことにした。41年ぶりの再会になる。朴さんはテグに住んでいる。自分にとっては2回目の海外旅行、旅行の手配など出来ない。ツアーで行き途中、皆と離れたりして行く事にした。ソウルはツアーで見物した。父は慶福宮などあちらこちら懐かしがっていた。正面の建物は旧朝鮮総督府(数年後取り壊され植民地時代の遺物が消えたと報道された)。 後ろは官庁街。








f0032712_1617113.jpgツアーを離れ、ソウル駅に行き、セマウル号でテグに向かった。駅には朴さんの娘さん、お嫁さんが迎えに来ていた。
41年ぶりに会う二人は感激していた。
朴さんの家は、伝統的な造りである。家具は螺鈿細工である。








f0032712_16183367.jpgf0032712_16185430.jpg
今、見る韓国映画「8月のクリスマス」等に出てくる家そのもである。中庭がありキムチの壷が沢山並んでいる。オンドルが焚いてあり、焚口も見せてもらった。父から話には聞いていたが百聞は一見にしかずである。お腹は空いていないのにご馳走攻めにあった。







f0032712_16212147.jpgf0032712_16214165.jpg慶州で再びツアーの皆に合流した。ソウルではロッテホテルの30階に泊まったが、ここの慶州コーロンホテルも立派である。ナイトショウで民族舞踊もやっていた。市場で焼酎を買ってきて飲んだ。
ここは、日本の京都や奈良のように韓国の古都である。初めて古墳も見た。
仏国寺は韓国を代表する有名なお寺である。
この後、釜山を見物し福岡へ帰った。
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by momodisk | 2007-06-25 16:09 | Comments(0)

誕生日の韓国

f0032712_20174517.jpg韓国から我が職場に交換研修で来ていたジョンホ氏から再三、奥さんを連れて遊びに来るように言われていたので一人暮らしの叔母も一緒に出かけた。
今度もツアーに参加し単独行動をすることにした。その方が費用が安く、特にロッテホテルなど良いホテルに泊まれる。
ソウル市内観光はツアーでした。







f0032712_20203364.jpgf0032712_20205243.jpg彼は、全羅北道の全州に住んでいる。鹿児島にいた1年間、奥さんや子供たちも2回ほど遊びに来て我が家も訪れた。
ツアーを離れ、ソウルからセマウル号に乗り、道庁所在地である全州に向かった。韓国では、「食は、チョンジュ(全州)にあり」と言われているそうでビビムパブはここが発祥地であると言われている。
ジョンホ氏家族の出迎えを受けビビンパブの食事の後、道内をあちらこちら案内してもらった。写真左は、高麗時代に建設された城門で豊南門である。右は慶基殿で1410年、朝鮮王朝の始祖である李成桂肖像を奉安してある。新婚さんが記念写真を撮りに来ていたので一緒に撮った。

f0032712_20401915.jpg馬耳山(マイサン)の塔寺(タプサ
全州から40キロの所にある。二つの岩山がそそり立ち馬の耳ににていることから付けられた。
自然石を積み重ねた石塔が80余基もあって、奇観を呈している。









f0032712_20423416.jpg夜は、彼の家で歓迎パーティ。飾りつけまでしてある。スージンちゃんのピアノ、ジョンジン君のバイオリン演奏を披露してくれた。
韓国のマンションは広い。アメリカ風で夫婦寝室にもバス、トイレが付いているので1戸に2箇所あることになる。よって広さは30坪はゆうにある。
日本の庶民のマンションでこんなものは無い。
奥さんの手作りのご馳走である。






f0032712_2046727.jpg翌日は、中国大陸側の黄海に面する辺山半島にも出かけた。格浦と言う海に面したところで海鮮料理の昼食をとった。
国立公園で海がきれいである。
セマングンの埋め立て工事現場も見たが、土地はタップリあるのに何故、埋め立てをするの理解できなかった。
(その後、韓国はIMFの時代に入ったがどうなっただろうか?)






f0032712_20484774.jpg国立公園に指定されている内蔵山(ネジャンサン)は、紅葉の名所として国内外から観光客が訪れる。ちょうど紅葉の真っ盛りだった。紅葉の規模が大きくて見ごたえがある。
全羅北道、南道にまたがっている場所である。









f0032712_2053127.jpgf0032712_20534686.jpg南原の近くの珍しい立地の旅館に泊まった。個室が別荘風に戸建てとなっている。石造りで屋根は土が被されている。勿論、オンドルが焚かれていて暖かい。食堂で夕食を終え、部屋でくつろいでいたらスージンちゃんが突然「今日は、おじちゃんの誕生日だ」と言った。
自分は、子供の頃から誕生祝いは殆どしたことが無く誕生日には関心が無いので忘れていた。彼女は手帳を持っていて何かにつけメモする。鹿児島に来たとき私の誕生日を聞いたことを思い出した。
みんな、ビックリして食堂からビールを持ってきて誕生パーティが始まった。外国で誕生日をするとは思いもしなかった。

f0032712_20561654.jpg南原(ナムウオン)では智異山国立公園や、国立民俗国楽院等を見物した。
この町を有名にしているのは、「春香伝」という南原で恋仲になった官吏の息子・李夢龍と身分の低い妓生の娘・春香との恋物語である。その後TVドラマで見る機会があった。
その舞台ともなったのが写真の広寒楼である。





ジョンホ氏の家族には本当にお世話になった。長鼓(チャンゴ)など沢山のお土産を貰った。重くは無いが嵩張る。我が家の宝として飾ってある。
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by momodisk | 2007-06-20 20:15 | Comments(0)

同窓会をソウルで

鹿児島市近辺に住む気の置けない同級生で「鶴の湯会」と称し親睦を深めている。毎年、我が家で新年会をしている。
昨年9月ニューヨーク同時多発テロがあり、旅行を控える人が多く鹿児島~インチョン線も存亡の危機に立たされていた。大韓航空と旅行社が結託してソウル2泊3日で19,800円を売り出していた。航空会社、ホテル、旅行社其々幾らずつ分け前をするのかと不思議だった。
そんな時、国際交流員のイ オンヨン氏がソウルで韓国人との交流会の話を持ってきた。
鶴の湯会の面々も参加することになった。

f0032712_17215111.jpg到着の日、以前、我が家にホームステイに来たミョンザが丁度ソウルに出てきていたの
で会う事にした。
屋台で女子大生と額をつき合わし一つの鍋の肉を食べながら飲むビールの味は最高である。



f0032712_17232312.jpg以前、全羅北道庁の勤めていたジョンホ氏がソウルに転勤になり住んでいる。
奥さん、子供たちと夕食をとった。彼はいつも私に支払いをさせてくれない。
子供たちは、会うたびに大きくなる。








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オンヨン氏のグループ、串良で韓国語を勉強しているグループ、自分たちのグループ大勢なので旅行社が無料で3日間ソウル市内を案内してくれた。殆どが韓国は初めてなので喜んだ。

f0032712_17293587.jpgf0032712_1729506.jpg交流会の通訳に指宿の国際交流員も一緒にきてもらった。韓国側は、日本語を理解する人も多く、特に不便は感じなかった。皆でサムゲタンを食べた。とても美味しかった。
前年、我が家にホームステイに来たソウルの女子大生、アルムとキョンミにも声をかけたら喜んで来てくれた。








f0032712_17311992.jpgf0032712_17313549.jpg韓国人の娘ヨンイ、の義兄マルヨン氏、ソイインム姉さん、甥のチョンミン、チョンピル達とロッテワールドで遊んだ。通訳にミョンザを頼んだ。今回も大勢の韓国人にあった。
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by momodisk | 2007-06-20 17:19 | Comments(0)

ゲストハウスと板門店

ゲストハウスと板門店
昔から、板門店に興味があり、韓国映画のJSA(共同警備区域)を見てから無性に行きたくなった。新潟からもソウル便があることを思い出し、友人夫婦に声をかけたら1日遅れで来ることになった。

f0032712_16483370.jpg初日は、韓国人の友人ジョンホ氏宅に泊まった。32坪のマンションで夫婦寝室はバス・トイレ付きである。韓国では家賃はなく借家人は敷金を払い、家主はそれを預金し5%程度の金利を家賃に充当している。因みに彼の家の敷金は2億ウオン(約2,000万円)である。いつものように家族全員で歓迎してくれた。











f0032712_1650559.jpg新潟の友人夫婦と合流し、丁度、ソウルに遊びに来ていたアルゼンチン、ブラジルからの留学生、それに鹿児島から韓国に語学留学中の女性、皆で南山タワーに登りソウルの夜景を楽しんだ。
その後、皆で賑やかに夕食をとった。











f0032712_16514432.jpgf0032712_1652165.jpgたまには韓国式旅館も良かろうと思い、インターネットで調べていたらゲストハウスがあり、アクセスしたら写真も付いておりそれ相応のグレードの旅館だろうと思い予約を入れた。町の中心部にも拘わらず、低層の古い住宅が密集している路地裏にあった。建物も古く、世界各地から来る若者が利用する所謂「学生宿」だった。
こちらも驚いたが、向こうも50年配の客が来て驚いただろう。洗面台の蛇口にホースがつながれておりシャワーのノズルが付いていた。つまりシャワー室なし、お湯なしである。
 でもパソコンは5台あり自由に使える。次の日はまともなホテルに移動した。
 そう言えば予約の時、余りにも料金が安かった事を思い出した。1泊2,000円

板門店の現地ツアーは、9時発、14時帰着の食事付きで6,500円であった。
 漢江(ハンガン)と臨津江(イムジンガン)の合流点に向かって走るうちに北朝鮮のスパイが侵入しないよう有刺鉄線が張られているのが見える。いよいよ雰囲気が出てきた感じである。学生時代に流行った「イムジンガン水清く」の歌を口ずさんだ。
 いよいよ到着。休戦ラインから南北に2キロ、この範囲が非武装地帯(DMZ)である。ソウルから60キロ、バスで約1時間の距離である。ここには民間人も暮らしていて静かな農村地帯で米と高麗人参を耕作しているそうである。

f0032712_16553339.jpgf0032712_1656488.jpgあの映画で見たJSA(共同警備区域)である。ここでツアーのバスを降り、軍用バスに乗り換える。この区域では移動中も見学中も護衛の国連軍のアメリカ兵がつき、見学者は2列に並び後ろから付いて行くことになる。
 軍事停戦委員会本会議場に着いた。映画で見たとおり兵士が足を広げ、いつでも銃を抜ける姿勢でビクとも動かずに立っている。場内ではこの兵士に触れないようにして写真を撮ることが許されている。ここでテーブルの中央に引いてある休戦ラインを超えて5メートル程、北朝鮮に入国した。



f0032712_1704665.jpgf0032712_171687.jpg映画と違うのは、北朝鮮の兵士はそこらにはおらず、遠くの北朝鮮側の「板門閣」に一人立っているのが見えるだけで緊張感は感じられない。










f0032712_16574918.jpgf0032712_16581321.jpgビデオで北朝鮮側を撮影した。人影は無い。

警備の国連軍の兵士は白人だった。











f0032712_174094.jpgf0032712_1742073.jpgボニファスキャンプでバイキングのランチが付いているツアーだった。
映画JSAの後、更に興味が募り「ブラザーフッド」、「シルミド」、「二重スパイ」等を見た。そして少し勉強してみた。
1945年、日本の降伏と同時に朝鮮半島は、38度線を境に米ソ分割占領が実施された。冷戦の深刻化により分断は固定化された。そして、1948年に南と北で別個に国家が樹立されることになった。
ここで北朝鮮は、1949年6月米が駐韓米軍を撤収し、続いて韓国と台湾を極東防御線(アチソン・ライン)から除外すると、韓国を共産化するため1950年6月25日奇襲を強行した。
3日後にはソウルが陥落し釜山を除く全地域が1ヶ月の間に共産軍の治下に入った。そして、国連軍が参戦しマッカサー将軍の指揮下で戦況を逆転させた。
映画「ブラザーフッド」を見てこれが良く分かった。兄弟愛を描いた映画だが凄い壮絶な戦争の方が印象に残った。この戦争は、3年間つづき、1953年7月27日悲劇の朝鮮戦争は休戦協定で一段落した。
子供ながらに戦争が終わったことは記憶している。そして日本は軍需で景気がよくなったことも。韓国軍と国連軍の死者が48万名、共産軍側が150万~200万余名で民間人の犠牲者も人口の15%に該当する450万名を超えたそうである。戦争期間中、100万余名の北朝鮮住民が越南し、370万余名の子供たちが父母を失った。そして1千万名の離散家族が生まれた。
50年を超えた今でも、この緊張関係は変わらず難しい問題を抱えている。
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by momodisk | 2007-06-20 15:30 | Comments(0)

クラスメートと野外授業

民俗村
f0032712_13214246.jpgf0032712_1322497.jpg来月半ばで春学期が終了する。来週は期末テストが2日間ある。今日は初めての野外授業で各段階の学生(大型バス5台)と韓国民俗村に行った。
数年前、ジョンホ氏が連れて行ってくれたところで特に珍しくはない。

クラスメートとの遠足である。とても楽しい。アメリカ、中国、日本人の娘達と一緒に写真を撮る。
にやけている訳ではない。笑えと言うからこんな顔になる。




f0032712_13241342.jpg娘達ばかりではない。体重約100キロ、髪の毛は剃りを入れて、金髪に染め、全身にチャラチャラとアクセサリーを付けた日本人のお兄ちゃんもいる。授業は私より優秀で時折、彼に助けを求めている。
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by momodisk | 2007-06-20 14:00 | Comments(0)

空港の島インチョン

f0032712_1301239.jpg今日、24日はお釈迦様の誕生日で韓国は休日である。日帰りの一人旅で仁川(インチョン)に行く計画を立てていた。人口ではソウル、釜山に次ぐ3番目の都市である。
ここから中国の天津、青島、大連などへの国際航路もある。もちろんインチョン国際空港がある広域市でもある。そして植民地時代に義父がこの地の気象観測所に勤めていたところである。







f0032712_132073.jpg月尾島(ウオルミド)というウオーターフロントに行った。
空港がある永宗島にフェリーで渡った。桜島フェリーの感覚である。
船は大きく幅が広く船内でUターンして同じ方向に向かい下船する。桜島フェリーと違い船首は片方だけである。








f0032712_1321844.jpg天気予報では雨だったが曇り空だったので出かけた。
昼からは土砂降り!アイグー!
下宿から片道1時間半の距離であるが早々に引き上げた。
マーケットで食料を買って帰り、宿題を済ませ料理をした。宿題の合い間に洗濯機に洗い物を入れ、溜まっていたシャツやズボンにアイロンをかけた。わびしい一日であった。
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by momodisk | 2007-06-20 12:54 | Comments(0)

ホームステイの度

井邑(チョンウップ)

f0032712_90687.jpg我が家には、よくホームステイの外国人が訪れる。3週続けて韓国から大学生が訪れたこともある。
ある年、国際交流員のオンヨン氏が彼の出身地である井邑(チョンウップ)の新聞社の主催で鹿児島との交流会を開いた。
その時、我が家では朴さんというキリスト教会の牧師さん家族4人を受け入れた。
自分も出来るだけ相手の家にホームステイに訪れるようにしている。今回は、韓国語を教わっているインソンの家にも行くことにした。







f0032712_922236.jpgf0032712_92413.jpg全羅北道は全州(チョンジュ)に友人がいたので、あちらこちら案内してもらっていたが、チョンウップは、行ったことが無かった。ソウルからセマウル号に乗っていった。
通訳に、鹿児島大学からチョンジュに留学しているケンタロー君に来てもらった。子供達のお土産には甚兵衛を持っていった。珍しいので喜んでくれた。
教会は、規模が大きく牧師さんはパワーポイントを使い説教をしていた。地下の食堂で信者の皆さんが歓迎会をしてくれた。




f0032712_942258.jpgf0032712_944666.jpg牧師さんからは、コチャンという城跡や有名なお寺などあちらこちら案内してもらった。











江陵(カンヌン)
チョンウップからソウルへの帰りは高速バスを使った。友人のジョンホ氏が出迎えてくれた。又、彼の家に泊まり奥さんの手作りのご馳走になった。ソウルでは、彼から民俗村や水原(スオン)の華城を案内してもらった。
f0032712_965318.jpgf0032712_971556.jpg江稜(カンヌン)は、ソウルから高速で3時間少しかかる。昨年、我が家にホームステイに来たイルジュがソウルに住んでいたので通訳に連れていった。インソンの家ではお母さんがサムゲタンを作って待っていてくれた。先日、我が家にホームステイに来たヨンジャも駆けつけてくれた。








f0032712_9115936.jpg韓国では、どんな田舎に行っても高層のアパートがあり人々はそこに住んでいる。戸建て住宅は好まれないようである。
インソンの家は、伝統的な韓国の木造住宅の造りであった。矢張り自分には珍しい。冬は雪が1メートルは積もる寒いところでオンドルがあったが燃料は石油である。
勿論、庭にはキムチの壷がある。








f0032712_9142492.jpgf0032712_9144536.jpgカンヌンは、日本海に面した町である。東海岸からの日の出は美しいことで有名である。鏡浦湖(キョンポ)もありとてもきれいな所である。インソンのお父さんから鳥竹軒(オジュッコン)、船橋荘(ソンギョジャン)、市立博物館、キョンポデ等を案内してもらった。お父さんは真面目な方で実に良く説明してくれる。通訳のイルジュは、大変だった。







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風光明媚なリゾート地で有名な湖の畔にはホテルや海鮮料理のレストランが立ち並んでいる。お父さんはホテルで働いており、お母さんはシーズン中はレストランでアルバイトをしている。
そのレストランでご馳走になった。ヒラメの刺身、えび、イカ、なまこ、貝、沢山の料理が出てくる。
韓国では「テーブルの足が折れるくらい」という表現があるが正にこれである。








f0032712_9232637.jpgイルジュ達と3人で正東津(チョンドンジン)に行った。ここに統一公園があり、1996年9月、魚網に引っかかり航行不能になった北朝鮮の潜水艦が座礁しているのがこの場所で発見された。
上陸した北朝鮮兵と銃撃戦があったニュースを覚えていたのでビックリした。今は展示物となっている。船内に入り自分が閉所恐怖症であることが分かった。
夜、海岸に出かけたら夏祭りをしていた。ダンスのミニスカートの女性はセクシーである。
ソウルに帰る高速バスに乗るときビールを飲んだら尿意をもよおしてきた。運転手にバスを停めて貰い高速道路脇で用を足した。
以前、ブエノスアイレスからニューヨークに到着する直前、腹痛が我慢できなくなりトイレに駆け込み着陸したことを思い出した。
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by momodisk | 2007-06-20 08:57 | Comments(0)

国境と釜山

f0032712_17124742.jpg韓国へは、いつも飛行機で行っていたので、いつかは、玄界灘を渡りたいと思っていた。
九州新幹線と、博多~釜山間のビートルそれに先日、開通したばかりの韓国の新幹線KTXおよび韓国内の鉄道1週間乗り放題で45,000円位の値段でチケットを手に入れた。日韓連携なのでかなり安い。
ビートルは、鹿児島~種子・屋久間を結ぶトッピーと同じ高速船で3時間の距離だった。
釜山駅が立派になっていたのにビックリした。KTXは九州新幹線に比べると座席が窮屈である。



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釜山からソウルまでは約3時間くらいかかる。セマウル号に比べればかなり早い。
ソウルに着いた日は、ジョンホ氏夫妻とジョンジン君と夕食に行った。
いつもながらご馳走になった。







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地下鉄で清涼里駅まで行き、電車に乗り換え春川駅(チュンチョン)まで行った。娘のユンミと彼氏のヨンソクが駅まで迎えに来てくれた。鹿児島大学の留学から帰国して2年、初めて会うユンミはきれいになっていた。彼は、来年2月、歯学部を卒業し兵役につくが病院勤務になると言っていた。
チュンチョンと言えば、日本で大ブームになった韓国ドラマ「冬のソナタ」の舞台になった所である。映画は好きであるがドラマは同じような内容が繰り返されるのであまり好きではない。
それでも何話かは見たので興味はある。あちらこちらに日本人観光客向けに写真つきの案内板がある。
昼食に食べたタッカルビ(鶏肉のカルビ)は美味しかった。こちらの名物だそうだ。

f0032712_17191125.jpgf0032712_17193154.jpgチュンチョンの町からナミソンに行く途中でバンジージャンプをするのを見た。迫力がある。高所恐怖症の自分は、多分、飛んだ瞬間に心臓が止まるだろう。もっとも、その前に飛び降り台に立てないと思うが。
ナミソンは、ドラマに出てきたようにきれいな所だった。雪景色を見たいものだ。
森にはキツツキやリスがいた。観光客が多く渡し舟に乗るのに500メートルくらいは並んだ。






f0032712_17211589.jpgf0032712_17213549.jpgチュンチョンからユンミの実家、麟蹄(インジェ)へ行った。ヨンソクの運転で3時間少しかかった。話には聞いていたが本当に田舎で山の中である。
ユンミのお父さんが近所のレストランを予約していてくれた。出された料理を見てビックリした。タイの活き作りと海鮮料理である。タイの大きいことに二度ビックリ。山の中とは到底思えない。


韓国にもアルプスの少女ハイジが出てきそうな所があるとは思わなかった。きれいな小川が流れている。隣の家まで200メートルは離れている。
ユンミの家は、民宿も兼ねているので大きい。水道が出しっぱなしだったので止めようとしたら山から引いた水で水道料金は無料だった。
玄関前のライラックの花がとてもきれいである。お父さんは大工でもあり庭には東屋もある。のんびり出来るいい場所である。

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ユンミの家に泊まった翌日は、日本海に面する束草(ソくチョ)に出て北上し北朝鮮との国境、高城(コサン)に行った。ここにも統一展望台がある。コサンの町は、ここから数キロ離れた北朝鮮側にあるという。
海岸線には、北朝鮮軍が海から侵入しないように鉄条網が張られている。
道路わきには北朝鮮軍が侵入したとき、道路を遮断するコンクリート塊が載せられた台が所々見られる。コンクリート塊と台との間に隙間があり、塊を支える小さなコンクリートを壊すと転げ落ちてくる仕掛けである。

f0032712_1730168.jpg帰りは、江稜(カンヌン)に泊まった。ここから高速バスでソウルに行くためである。カンヌンは、ユンミ達の大学があるところである。インソンの実家がある所で昨年もイルジュと一緒に来たが湖や海が美しいところである。
インソンの家にも行き、両親や妹と飲みに出かけた。









f0032712_17322110.jpgソウルに着き、娘のヨンイ、指宿市の国際交流員をしていたセナちゃん、県の国際交流員をしていたオンヨン氏達と仁寺洞に飲みに行った。
久しぶりに会う皆は元気だった。











f0032712_17342889.jpgf0032712_17344913.jpg帰国するため再び釜山へ来た。ユンミと一緒に留学していたキム ウンジョンが釜山にいるとのことでユンミが連絡してくれた。ウンジョンの友達も一緒にプサンタワーやチャガルチ市場などを散策した。タワーからは釜山の町が良くみえた。チャガルチ市場で自分で選んだ魚を刺身などにしてくれるレストランに行こうとしたらタクシーの運転手さんが、どうせなら市場ではなく海岸通りにあるレストラン街がユッタリして良いよと教えてくれたのでそこへ行った。
刺身にした肴のアラは鍋にしてくれる。3人でビールを飲んでも5千円にもならない。韓国のレストランは安くて最高である。
大勢の韓国人に会って楽しい旅行だった。
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by momodisk | 2007-06-19 20:11 | Comments(0)